新しき猿又ほしや百日紅 渡辺白泉  評者: 谷山花猿

 戦争末期に海軍に召集された渡辺白泉は函館黒潮分遣隊で天皇の詔勅を聞いた。その時の感想を六句の作品にして、句集に残した。掲出の句はその作品の末尾の句である。
 句意は、百日紅の花を見て、新しい猿又が欲しいと痛切に思う、ということで、単純に読めば何ということもない。
 猿又は「猿股」とも書き、男性用の下穿きであるが、二等水兵であった当時の白泉にとって痛切な品物であった。海軍でも陸軍でも下穿きは褌(越中褌・丁字帯)に決められていた。兵には各自三本が官給されており、紛失することなど許されなかった。官姓名(例えば、黒潮分遣隊二等水兵渡辺威徳)を記入して管理せねばならなかった。戦争末期には純綿が欠乏していたので、もしかしたらスフであったかもしれず、兵たちは洗濯にも苦労したと思われる。生家が呉服屋で、慶応大学を卒業した白泉にとって感覚的に違和感のある褌は軍隊生活の象徴として、敗戦となれば一刻も早く脱ぎ捨てたかったに違いない。しかし、新しい猿又は衣料事情により直ちには入手することが困難であったろう。その渇望を句にしたのは、白泉ならではの把握である。
 なお、同時に書かれた句には次のような句がある。
  玉音を理解せし者前に出よ
  ひらひらと大統領がふりきたる
  いくさすみ女の多き街こののち

出典:『白泉句集』欅炎集・水兵紛失より

評者: 谷山花猿
平成21年9月11日