沛然と雨俎に鯉の丈 星野昌彦 評者: 渋川京子

 盛大に雨が降っている様子が窓越しに見える。室内では大きな俎に載せられた鯉に灯があてられている。鯉の全身は俎に吸いつけられたように横たわって輝いている。
 この作品に初めて出会ったのは今から十七年ほど前であるが、その時は「俎上の鯉」という一般的な解釈の域を出ていないように思いつつ、しかし何か気になるものがあって心の奥に眠っていた一句である。
 今回この作品に向きあって、改めて気付くことがあり目の覚める思いであった。それは「鯉の丈」の「丈」の字の働きであった。
 俎の上で鯉が観念したというのは人間の側からの見方である。鯉自身が俎に横たわってみて初めて自分の「丈」を意識したと読めば「沛然と雨」は十二分に効果を果たせる。
 思ったよりも丈が長かったのか短かったのか鯉に聞いてみたいものであるが、作者がその一瞬に鯉と一体化し、「丈」のみで勝負した冷静さに拍手を惜しまない。
 そういえば星野昌彦氏は、昭和58年第1回現代俳句新人賞を受賞されて居り、その受賞作品三十句のうち生きものが主役として登場する作品は、季語を除いても実に十五句に及ぶ。その生きもの達の姿を通して向う側の見えざるものを凝視する姿勢は、今も全く変っていない。
 俳句を書くことで絶えず自分を確認することは、常に自分を俎の上に横たえることであろう。滑稽を秘めた非情の視線を持ちつゝ淡々と作品を生み出してゆかれる姿勢、そこには独特の風格がある。
 昭和61年現代俳句評論賞も受賞、平成元年俳誌「景象」を創刊されている。昨年第13句集「源氏物語俳句絵巻」を出版、益々意気軒昂が窺われる。受賞された評論「鑑賞の諸相」通り、厳しい志を貫く孤高の俳人である。

出典:『言語論』

 評者: 渋川京子
平成24年6月11日