みぞおちの辺りが孤独レモン買う 岩渕真智子 評者: 川辺幸一

 ジュニア研修部の活動でご一緒する岩渕真智子さんから句集『レモン』が届いた。掲句はその句集名された作品である。
 「みぞおち」は急所のひとつである。そこが「孤独」とはどういうことを言うのだろう。実はこの句が生まれる前年、作者は青春真っ盛りのご長子を不慮の事故で喪うのである。慟哭と失意、人生の無常と不条理を呪い、その深い悲しみはうつ病を生む。この悲しみを表現するにはどんな言葉を選んでも表せない。伝えることのできない焦燥と諦念の行き着いた先がもっとも平凡な「孤独」を選び取らせたのだろう。思いを沈潜させたのである。鎮魂の思いではなく、己の心を静めているのである。配された「レモン買う」は梶井基次郎の『檸檬』を想起する。小説の主人公はレモンを丸善の美術棚に置き、爆弾となって大爆発することを夢想する。真智子さんは何を思ったのだろうか。いとし子を慈しむかのように両の手で包み頬づりをするさまが想像できるが、その先は読者に任されている。直前に置かれた
  花野から君が戻ってくる気配
にも理不尽を受け入れられない心情が静かに吐露されている。
 本句集のテーマのひとつは夭折のご長子であろうが、もうひとつは日頃の天真爛漫とも思える作者の感性が感じ取った作品がある。収載されている作品は、季節の移ろいや風景を単純に描写するのではなく、定型をしっかり踏まえた上で、人間の深層を探るという傾向が見て取れる。先ずは人間、己の心と対峙するところから作品化している。ときに刺激的、ときに心の襞と翳が交差する。虚構の世界に心を遊ばせている句もある。読者を物語の世界に誘い込む句もある。
  狂うかも知れぬ予感の男郎花
  麦ひょいと出てくすぐったい足の裏
  昼顔に離婚の是非を問うてみる
  散る紅葉別れはとっくに告げてある
  真実を言わぬ横顔靑みかん
 岩渕真智子さんは、北海道生まれ。函館市近郊で木材会社を営むご尊父は自宅で句会を催す俳人であった。しかも、父の従兄弟に北海道俳壇の革新的先達として活躍された園田夢蒼花氏がいた。この恵まれた環境の中で、多感な少女期を過ごしている。言葉を巧みに韻律に乗せる詩性は自然と身についたものなのだろう。

出典:『レモン』(文學の森・2012年)
                     評者: 川辺幸一
                   平成24年9月11日