立ち尿る老女の如く恋こがる 山崎愛子 評者: 横須賀洋子

 門の前にまた乳母車がある。空地に入ってゆく彼女、二度目だ。夏草に身を沈めて、しばらくすると放尿の音が聞こえてくる。

戻った彼女は儀礼のような会釈をして去る。臆する色もなく乳母車を押してゆく後姿を呆然と見送りながら、何故か不快感はなかった。町にうわさが流れた頃、田舎に帰ったと聞いた。
 掲句「粘っこい肉厚な内容が魅力(兜太)」と評されている。他にも好評だったという。「立ち尿(いば)る」野性的な行為も、なりふりかまわず恋をしたい願望も動物の本能とよめば分かりやすい。「女立たせてゆまるや赤き旱星」(三鬼)三鬼も楚々とした女性を横に、この行為をしている男性が妙に羨しかったと自解している。
 山崎愛子には無季の句が多く見える。掲句も無季。
 ぬぐっても髪の毛ほどにからまる海
 母の顔で深夜裾ひき水呑みに
 化粧後も紙一枚をくわえゆく
 菜揃える頭断つ為か括る為か
日常を奇妙にふくらませてくれる情念―。
どこを切っても山崎愛子しか出てこない金太郎飴のように存在感があった。季語についても「意識して使わないのではなく、たまたま入ればいい偶然のようなもの」とブレない返事、自分には俳句はナグサメではなく「生活」が俳句になればいいと話していた。
句集『地滑り』『雨の屋根屋』二冊をのこして平成六年秋急逝した。まだ忘れられない。
 
評者: 横須賀洋子
平成27年3月1日