すすき仰山ありすすき一本あり疲れる疲れる 稲葉 直 評者: 横須賀洋子

 当時、二人の師を次々見送り呆然としていた。掲句をよんだとき、自分が芒原に立っているような錯覚を起した。仰山ある芒は何時も一本ある(しかない)芒でもあるのだろう。俳人みたいなものかもしれないと思った。「疲れる」が二度重なると脱力感になり、欠伸も出てきそう。これって人生じゃあないか、思わず苦笑いしてしまった。俳句形式とはかなり異なる句、妙に納得してしまう魅力がある。
  血をうすめるか水の底ゆくその水が  稲葉 直
  俺よ俺よローソクの火の揺れいるは   〃
  流れ去る水にコトンと俺が残る     〃
 海底から慟哭が聞えてくるようだ。俺は、わたしはここにいるとローソクの灯に存在を託しても探してもらえないもどかしさ、哀しさ。しかし、これらの句、二十年余も前によまれたもの。東日本大震災をよんだものと示されても頷ける現実感があり胸を打つ。
 「何よりも無比・無頼の頑固であることが、常識のようで常識以上である。唯一絶品でないところにうまい俳句のウマサみたいなものが潜んでいる」「破格」と説く俳句。入会を決めた。
「未完現実」主宰師稲葉 直とは、生前二度、三度目は遺影との対面だった。
(昭和五十九年四月逝去。句集『数刻』より)
評者: 横須賀洋子
平成27年3月11日