十日戎食べぬ肉饅二つ買う 武田伸一 評者: 中内亮玄

 おう、兄ちゃん。さっぶいなか、ようこんな道端でギターなんか弾きよんな。
 世間様は正月や言うて浮かれてはるけど、儂には、初詣もなんもめでとうない。儂には何ンもあらへん。
 バブルが弾けて全部飛びよったからな。今さらえべっさんに何を頼むことあんねん。せやなあ、このカップ酒、今すぐ熱燗にしてくれへんかなあ。(笑)どや、おもろいやろ、おっちゃん。な。
 え?キャラが濃いってか、ほうか。
 しっかし、儂が何をしたっちゅうねん。印鑑一つや。何もかものうなった。兄ちゃん、金が無いのはさっぶいでえ。命ないのと変わらへんで、ホンマ。
 おっちゃん死によったら保険金が入んねんけどな、嫁も娘も出てもうておらへんのや。せやから、儂が死んでから儂に金入ってもどうにもならへんやろ。そろそろ解約して、雀の涙の解約金でも貰わなしゃあないの。
 娘は、今年二十歳のはずや。そりゃあ、かわいい子やった。今でもかわいいに決まっとるわな。
 せやけど、もう会われへん。どこにおるかもわからん。
 あれが小学生の頃、手え繋いでここ歩きよったなあ。まだまだ小さい手ぇやった。
 肉まん、食いよったなあ。
 うまそうに頬張りよったなあ。

 もういっぺん、二人で、食うてみたいねんけどなあ。

 おう兄ちゃん、ワレせいぜいきばって働きや。
 金がないのは、そらぁさぶいで。 

出典:『海程』平成28年4月号

評者: 中内亮玄
平成29年2月1日