凍裂の谺なりけり夜の躰 田中亜美 評者: 中内亮玄

 シングルベッドをひとつ置けば部屋の半分も埋まろうかという、学生用の小さなワンルームに住んでいた俺は、寒い夜、真っ暗な部屋でベッドに身を横たえて、カッカと火照る掌を握ったり閉じたりしていた。
 身長171センチ、体重は昼間に計った時には57、5キロ。寝て起きれば、朝にはちょうどフェザー級のリミット57キロを割るだろう。体脂肪は3%を切っている。もう俺の体に削れるところはない。腹筋は六つに割れ、胸筋には馬のように血管が浮き出ている。夜は牛乳を一杯と菓子パンを一つ食べたきりだ、今から体重が増えることは考えにくい。いや、考えられない。しかし、考えてしまう。
 がばりと起きて、時計を見る。もう午前1時を回っている。部屋には体重計がないから、あるはずのない事態が頭から離れない。テレビをつけると、深夜番組の明かりが壁をめらめらと照らす。流しから空のペットボトルを持ってきて、しきりに唾を吐く。こんなことなら、ケチらずに体重計を買っておけばよかった、と試合の前日にだけいつも思う。だが、この修行僧のような毎日のなかで、体重が増減するはずもない。
 明日が試合だからと、昼間のトレーニングを軽くしたのがいけなかった。ただでさえ興奮しているところに、体が元気だから拳が疼く。背中からは、筋肉が裂けて溢れそうだ。
 肉体と会話をしていく。手と、足と、背と、腹と、腰と、首と、拳。動かなくても、じっとりと汗が噴く。
 「俺は強い」、そう呟きながら、もうすぐ2時になる時計をじっと睨んでいた。あの日。

出典:『海程』平成28年1月号

評者: 中内亮玄
平成29年2月15日