谷に鯉もみ合う夜の歓喜かな 金子兜太 評者: 大畑等

金子兜太自身色紙によく書く句。今日多くの人の眼に触れている。エネルギッシュな印象もあいまって、「性的なほのめかしも感じられる」との評も見受けられる。しかし、それは違う。この句は性歌なのである。この句は金子兜太句集『暗黒地誌』(1972年11月1日刊)に掲載されているが、連作「古代胯間抄十一句」のなかの一句なのである。その十一句は次の通り。

泡白き谷川越えの吾妹(わぎも)かな
雉高く落日に鳴く浴みどき
胯深く青草敷きの浴みかな
森深く桃色乳房夕かげり
髪を噛む尾長恥毛(しもげ)に草じらみ
陰(ほと)しめる浴みのあとの微光かな
黒葭や中の奧処の夕じめり
唾粘り胯間ひろらに花宴(はなうたげ)
谷音や水根匂いの張る乳房
谷に鯉もみ合う夜の歓喜かな
瞼燃え遠嶺夜空を時渡る

かつてこの十一句を読み、琴線ならぬ銅鑼のような野太いリズムが響いたことを思い出す。世に有名なのは「谷に鯉・・・ 」であるが、全句を鑑賞すると鯉とは何であり、谷とは何であるか、曖昧さがない。ぎりぎりのところで(短詩型)文学として成立している緊張感を読み取ることが出来るのである。これら十一句の情景から、歌垣のあとの性の交わりや父権制婚姻形態以前の共婚にまで遡ることが出来そうだ。最初の一句は古代歌謡で言う恋歌であるが、その他の句は性歌と言って良い。1960年代の熱気が性の表現を越えて伝わってくるのである。

※金子兜太先生を偲び、2015年03月16日現代俳句データベースコラムから再掲載いたしました。

評者: 大畑等
平成30年6月1日