広島や卵食ふ時口ひらく 西東三鬼  評者: 田中不鳴

 三鬼が被爆後の広島を訪れたのは、所用で江田島へ行った帰りの昭和21年の夏。その頃構想を得たか、作られたと思われる。三鬼の自句自解では「未だに嗚咽する夜の街。旅人の口は固く結ばれてゐた。うでてつるつるした卵を食ふ時だけ、その大きさだけのくちを開けた。」とある。そうすると旅人とは三鬼自身となる。広島を見てその惨状に心がひしゃげられた様子がよく分る。だが自句自解を見ないで、この句を鑑賞した場合、どうしても被爆者が卵を食べているように思える。当時貴重な卵を得て黙々と機械的に食べいる描写は非情だ。卵食ふ時口ひらくという当り前の動作が、世界最初の原爆被爆地の広島と結びついた時、圧倒的な強さで読み手の心を揺さぶってくる。ケロイドで爛れた口の動きが、まざまざと目に浮かんで来はしまいか。自句自解はそれとして、かく味わいたいと思うのだが。
 
評者: 田中不鳴
平成18年8月3日