秋風のまん中に山羊つながれる 富田敏子 評者: 田中不鳴

 句集『ものくろうむ』に収録の句。帯の吉行和子抄出10句、跋の小宅容義鑑賞22句の中にこの句はない。従って私の鑑賞眼が有名俳人と違って、まともでないのかも知れないが、この句私の眼を捕えて離さない。言葉に寄り掛からず、機知を働かせず、衒うことなく、技巧に走らず、理に陥らず、秋風と山羊を呈示しただけの単純さ。けれど“秋風のまん中”と表現されると、周りの家、道、原、樹々、遠景の山も空も、在る筈のものが全て消し去られる。心で感ずる秋風と、目に見える山羊。そこには寂寥感が漂っている。そして山羊が繋げられると、山羊の不安感、警戒心、心細さが伝わってくる。目を閉じてこの句を思い浮かべてみて下さい。頼りなげな山羊の鳴き声が聞えてきませんか?
 
評者: 田中不鳴
平成18年8月31日