湿原に星の隕ちたる飛沫のこと 小川双々子 評者: 須藤 徹

 本作品のポイントは、最後の措辞「飛沫のこと」であるだろう。このことばによって、作品の余韻が最大限に膨らんだ。「飛沫」によって、美しい星の堕ちる軌跡が、見事に映像化された。広大な「湿原」に星が堕ちるイメージに感嘆して、静かに瞑目する読者もいるにちがいない。作者小川双々子は、人間存在と世界のあり方を真摯に問う数多くの俳句作品を発表する一方、こうした印象鮮明な視覚的描写に優れた句も少なくない。鋭さ、彫りの深さ、鮮やかさなどが、双々子作品の特長であり、俳句におけるその多彩な刻印のスタイルは、読者を十分に納得させるであろう。一刀両断のもとにイメージを切り取り、それを鋭く明晰に、一筆書きのように作品化する双々子の真骨頂が、よく顕現した一句である。2005年に第5回現代俳句大賞を受賞した翌年(2006年)の1月、惜しくも双々子は急逝した。その姿と本作品を重ねて、私はひそかに鑑賞したい。第10句集『荒韻帖』所収。
 
評者: 須藤 徹
平成20年5月19日