窓押し開き招き入れしは夜と霧 坂戸淳夫  評者: 後藤昌治

 坂戸淳夫の最後の句集『彼方へ』の冒頭にある句である。そしてこの句は前句集『異形神』の最後近くに
  窓押し開き招き入れるは夜と霧
と一字違いで載っている。この一字の違いで再度次句集に載せたことに作者の絶対的拘りがあったのであろう。
 坂戸淳夫は、今年(平成22年)の1月3日、彼方へ旅立った。体調不良で療養中、胆管癌が発見されたが、高齢と衰弱のために手術も抗癌剤服用もならず、ベッド上で自らの死期を見据え、受洗し、静かに最期を待った。
 「辛辣な批評家として、また特異な視点で俳句を書く作家として、知る人ぞ知る存在であった。」(井戸昌子の追悼文より)
 坂戸の属していた「夢幻航海」(岩片仁次)では第71号を追悼特集として既刊9冊の句集の抄出など組んでいるが『彼方へ』は晩年の立姿が実に如実に出ている。
  黄泉へ行くときも出自を晦ませて
  ヒロシマ忌先制攻撃症候群厳存す
  ほうほうと行くこがらしよ遺書の上
  やまびことあそびしものらみな老いき
  少年よ國家より一人の友をこそ
 さて、掲句の「窓押し開き」の句は、かって戦火の中で青春を過ごしたことのもどかしさを、絶えず精神の葛藤として捉えつづけ、それまでの歩み来し俳句の世界を超えた境涯として『彼方へ』を纏めた上で、冒頭に据えたことは大きな意味を持ったものである。

出典:第八句集『彼方へ』平成20年刊

評者: 後藤昌治
平成22年4月21日