産衣より孵る少年麦ぼこり 岩尾美義 評者: 杉野一博

 少年の誕生。その瞬間への現実の時間的経過や空間の連動はいきなりはずされている。
 現実の枠組などは一切関知しない意識が、生命感の溢れるイメージに仕上げられた。
 そして<孵る>の文字の使用。みずから殻を割って出る生命力をここに集約して、イメージの瞬発力を強めている。
 しかし一方で、その基盤に置かれた産衣の柔らかさと麦打ちの埃のひろがり。それが置かれたことによって、風土性を背景にした若い生命への豊かな情感の脈動を感じとることが出来る。
  寺町は千里のかなた菫咲く
  花蘇芳まひるの厨子を姉が生む
  わがいのち十日の菊にかがみ寄る
 岩尾美義は、大きな原稿用紙に一句づつ俳句を書いていって、しばらくしてから、それぞれの季語や素材を一気に交換してゆくと、酒席などで朗らかに話していたという。
 そんなことから、単なる感覚だけの言葉遊びの人ととらえられている趣もあるが、掲出の句などを読んでゆくと、そう簡単に片付けられないのが解る。
 言葉自体の新しい関係を瞬発的に望みながら、その基底に柔らかく純粋な情感の揺らめきが絶えなかったことがうかがえる。
 <色の白い、卵から孵ったばかりの雛のような目をしてゐる青年である>。
 昭和六十年(一九八五年)、五十九歳で亡くなったが、森鷗外のこの『青年』を愛読していたのであろうか。
 
出典:『母音』
評者: 杉野一博
平成23年5月21日