四方霞み野姥は川とひらきあう 森田 廣 評者: 野田哲夫
悠遠のエロス。人と自然との渾然とした交感が、句集の中水のように流れている。
「出雲というトポスが醸しだす血脈の感覚と言っていいのかもしれない。」と句集の帯に書く。
乳遣り女の乳房を蹴って雁帰る
春暁の巨き卵を産みし木ぞ
海上に麦秋ありと臀が思う
受け手の尋常な心構えでは、負かされて終う。
コトバをギリギリ酷使し諧謔さえ交えて、極限の世界を表そうとする。従って導かれた世界には、誰しも初めて出遭う。
自由美術の会員でもある作者は、象徴的な図形や色彩のように、コトバのイメージをある時は分厚く盛り、あるいは、消し跡を残す。
鯉一閃たらちねの帯晴れわたる
出雲稲原母系千年の尿の音
万緑や媼が川を売っており
さて、掲句句集の題名に戻る。「樹を遡る」を、いったいどう受ければいいのか。
登るのではなく、その逆なのだから、大樹が次第に種子に還り、最後は大気に消えてゆくのか。
これは難解であり、未だ受け方が見つからない私に、この短評を書く資格は無かったのではないかと思い始めている。
出典:『樹を遡る』2008年5月刊(本句集は第5句集)
評者: 野田哲夫
平成23年9月1日