虚子の忌の大浴場に泳ぐなり 辻 桃子 評者: 亀田蒼石
はじめて出あったときその大胆不敵で破天荒なこの句に完全に圧倒さてしまった。しかも作者は女性である。「短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎」竹下しづの女、「夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり」三橋鷹女の両句をとっさに思い浮かべた。
波多野爽波はこの句を絶賞したという。虚子という巨きな器の中に自分を投げ出し学ぼうとする覚悟と不安が、そしてまた虚子に抱かれたのだという安らぎがこの句にある。人間界の規範を取っ払ったようなスケールの大きな句であり爽波が絶賛したのもむべなるかなである。
桃子の句を手元の書から探し出してみると
コロッケに薯のかたまり夜学果つ
下り梁抜けたる水の大人しく
ドリアンに一万円をつかひけり
罌粟散って固き坊主となりにけり
かまくらの中に入れあり三輪車
など次々に面白い句が出てくる。桃子の俳句は一言で言えば奔放。生半可に悟ったようなところがなく、明るくてユーモアがありしかもペーソスがある。誰でも親しめて誰でも作れるようなそんな魅力をもっていて、読んでいても楽しい。
第十二句集「津軽」から好きな俳句を抜く。
なりはひはいたこと申し円座にゐ 句集『津軽』
満月を低く佞武多の鬼ゆけり 句集『津軽』
お岩木に一雪きたる菊膾 句集『津軽』
出典:『桃』
評者: 亀田蒼石
平成23年9月11日