鳥屋根を歩く音して明けにけり 宮沢賢治 評者: 堀之内長一
6月に出版された石寒太著『宮沢賢治の全俳句』。大きな文字で「賢治の俳句を知っていますか?」と帯にあり、私も「えっ!」と一瞬驚いたのだが、そういえば、思い当たる節もあるような。さっそく文庫版の「宮沢賢治全集3」をみると、短歌と並んで確かに俳句が収録されている。しかし、約300頁にも及ぶ短歌に比して俳句は8頁ぽっきり。詩稿の余白に記されたものがほとんどで、賢治作とされる作品14句(うち1句は後に賢治作ではないことが判明)、東北菊花品評会のために依頼されて作った菊にまつわる連作16句の合わせて30句。そのほか、連句の付句が15句ほど。これで全部である。
石氏は、全句について懇切丁寧な鑑賞を行っているが、あとがきで「賢治は俳句においては素人であり、いわゆる俳句のルール(定型や季語、そして切字)などにはほとんど関心なくつくっている、と何回もくり返したのは、賢治の俳句を従来の枠の型にはめ込んで鑑賞しない方がいい、という私のはからいからである」と述べている。
もとより五七五の韻律に親しい賢治が、ときに五七五のかたちで書き残してくれたものを、私たちは「俳句」として読んでいるだけなのかもしれない。
例えば、「鮫の黒肉(み)わびしく凍るひなかすぎ」という句は、自作の口語詩の一行をそのまま五七五に仕立て直したものであるという。それを知らなくても(つまり、賢治作と知らなくても)、これは一句独立した作品として十分鑑賞に耐えるのではないだろうか。かたや掲句は、平明な、それも無季の句である。しかし、ここに作者名が入ると、がぜん、句の奥行きが増してくるように思う。賢治の童話の主人公たちの朝の目覚めもかくや、などと。短詩型における作品と作者の関係、古くて新しい命題である。
出典:石寒太著『宮沢賢治の全俳句』(飯塚書店・2012年6月)
評者: 堀之内長一
平成24年8月11日