一句一句に友ガラス戸に雪付く日 古澤太穂 評者: 神田ひろみ
お元気だったころの太穂さんから文庫本の句集『捲かるる鷗』を頂いていた。
怒濤まで四五枚の田が冬の旅
故旧忘れ得べきやメーデーあとの薄日焼
など、よくわかる好きな作品がぎっしりとつまっていた。太穂さんの習作期には
父の忌のひとり踏み入る露葎
の句、ガリ版刷りの『三十代』という句集には
ロシア映画みてきて冬のにんじん太し
その次の句集『基地音』には
白蓮白シャツ彼我ひるがえり内灘へ
等、日本の現代俳句史に欠かせない名高い作品がある人だとはもっとずっと後になって知った。或る時、太穂さんが病後の痩身を泳ぐようにして近づいて来られ「お前なあ、句集出しただろ、お前うますぎるからダメなんだよ」と言われた。連れの方と遠くなる太穂さんは力いっぱい生きた人だけが持つ魅力的な横顔だった。平明で、すべて現代仮名遣いで、難しい言葉は使わない、そういう俳句魂が据わっている人であった。私がぜひにと『捲かるる鷗』の扉に書いて頂いたのは句集名になった句
喪の十一月河強風に捲かるる鷗
ではなくて上記の句である。「一句一句に友」という措辞は、虚しさに躓きそうになる私を暖かく支えてくれた言葉である。
出典:『捲かるる鷗』
評者: 神田ひろみ
平成26年2月1日