月きらめく歩きつ送る二十歳路(ぢ)よ 茂木楚秋 評者: 神田ひろみ

 俳句をはじめたばかりの頃「このままではあなたはすぐ行き詰まるでしょう」と小西甚一氏から葉書が届いた。しばらくして『茂木楚秋句集』が送られてきた。「わたくしの友人茂木(もてぎ)楚秋が亡くなりまして二十一年めを迎へますので、追善のため、故人の志」であった句集を刊行して墓前に捧げるとの栞が挟まれていた。
 大正2年生まれ、昭和21年に34歳で病没したという茂木楚秋の為人を知らぬまま、その句集を開く。「月きらめく」は集中、昭和17年の章に
   (ひぐらし)や母の文より母のこゑ
       行軍
   (あけ)燕わが顔まなこ硬さちがふ
 等と共に収められた句である。二十代の終わりを夜の行軍の、明け方ちかい月の光の中に「歩きつ送る」作者を想望し、何と痛ましい青春であろうかと胸がつまった。師の加藤楸邨が大正生まれの人達に「ああそうか、君は大正生まれか」と滲むような眼差しを向けていた意味が朧げながら分かるようにも思った。句集巻末の「緣起」に小西甚一氏は楚秋氏の昭和19年の
       歸鄕
   ひぐらしの山に向く下駄はきにけり
 この句を「おそらく楚秋生涯の絶唱だらう」と記している。私は「歩きつ送る二十歳路よ」の句に出合う度、心を引き締めて今を生きる自分の句を生み出していこうと励まされるのである。
 
出典:『茂木楚秋句集』

評者: 神田ひろみ
平成26年2月11日