鬼灯市や子規に恋の句あればなあ 松田ひろむ 評者: 武田伸一

 「鬼灯市」は7月9・10日の両日、東京浅草寺の境内に立つ市で、鉢植えのホオズキを売る。その鬼灯市には、夫婦連れや若いカップルも大勢来ている。そんな光景を目にしながら、ここからそれほど遠くない根岸で、重病に喘ぎながら、寝たきりの生活を送っていた正岡子規のことを思っているのだ。外出は叶わず、若い女性と顔を合わせることもない。そんな子規が成し遂げた和歌や俳句の革新運動に敬意を表しつつ、恋をすることも出来なかった一生を寂しみ、哀れに思えてならないのだ。
「恋の句あればなあ」という口語表現が身につまされる。子規への親愛感の深さを窺わせる表現である、と同時に、もし恋をしたならばどんな句を作っただろうか、ぜひ見たいものであるとの叶わぬ願望も含まれていよう。
 人名の入った句の多いのも松田の特徴の一つである。
 
  青から蒼へ咲くいぬふぐり太穂以後
  縁側散歩小諸の虚子が寒がりで
  金魚玉吉永小百合痩せていし
 
 等々、一句一句にコメントは付さないが、それぞれ達者なものである。
 恋の句では、次のような傑作もある。
 
  初恋は席順のせい木の芽風
 
 これは松田自身の初恋であろうか。「席順のせい」は、密かに思いを寄せていた女生徒と席替えで机を並べることになったのである。なんたる幸せ。この一事により、恋が深まったのは言うまでもなかろう。席順を決めた先生に大感謝というもの。
 松田ひろむ先生と言えば、イデオロギーに特徴のある作家という印象が強かったが、本句集ではそれがきれいに払拭されている。題材は自由で多彩、表現は平明で新鮮ときに洒脱なことに驚いた。
 

出典:『游民』2014年2月25日 角川学芸出版

評者: 武田伸一
平成26年9月11日