うつしみの/くらき底ひに/湧く/いづみ 武藤雅治 評者: こしのゆみこ
うつしみの
くらき底ひに
湧く
いづみ
『花蔭論』所収の第一句目の句。全編多行書き。一語一語の言葉の美しさや音が視覚的になって水鏡のような響きを感じた。
『花蔭論』は2015年6月13日~6月28日間の作者武藤雅治さん自身の躁鬱感覚における創作句集。躁は全能感、鬱は不能感の、繰り返す起伏感情が終熄した6月29日に巻末覚書をしたため、句集発行日は8月15日という超スピードぶり。年に何度もあるというこの躁鬱の周期は武藤雅治さんの場合、創作衝動の高揚があるといい楽しんでおられる。(躁鬱病とは違う自己診断的躁鬱感覚)
句の表情にどれが躁期か、鬱期か私にはまったくわからないが、作者の高揚感の伝わる、幻想的な非日常の作品群となっている。もちろんこの「覚書」がなくとも美しい句は美しいし、遣り過ぎ御免の句もあるのだが、この勢いというか作者の興奮がちょっとうらやましくもある。
武藤雅治さんはその半年前!の2014年12月に第一句集『かみうさぎ』を上梓されたばかり。歌人の武藤雅治さんは2007年作句開始、五,七,五の定型の言葉の断片は俳句とも川柳とも狂句とも。触発された須藤徹さん(2013年6月に亡くなられた)に献詞。『かみうさぎ』各章の詞書きに短歌が添えられ、歌人としての顔も見せている。『かみうさぎ』は行替えのない一行句が一頁に五句並ぶ。見開き十句全部ひらがなの頁はひらがな文字のさざなみに酔いそうである。
うたびとのこころやうやくすずめいろ
いしぶみのうたにとまれるほふしぜみ
ひとひらのじんたいとしてあめつちに
そしてこの『花蔭論』発行から九ヶ月後、今度は第六歌集『あなまりあ』をたまわる。「朦朧体新定型」「みそふたもじ短歌」という実験的表現に私はなんの違和感もなくはまっていた。
もうなんべんもころしてあげたのだからしどろもどろになくのはおよし
したいだなんていつてたくせにいきいきといきてる今はひとりとなりて
このバイタリティ、私と同い年というのもすごい。俳人としては、短歌人の武藤さんだからできる実験的俳句表現をもっとみてみたいと思わずにいられない。
とまれ、句集『花蔭論』にもどろう。巻末の句。
眼(まな)さきの
巣に
ひよどりが
抱卵す
巻末に抱卵とはこれからの武藤雅治さんの創作世界の豊穣を物語るようである。どんな卵が孵るのか楽しみだ。
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評者: こしのゆみこ
平成28年8月18日