爆音や乾きて剛(つよ)き麦の禾(のぎ) 中島斌雄 評者: 秋尾 敏

 明らかに「爆音」と「麦の禾」は対比的に描かれている。空をつんざく戦闘機(であろう)の爆音に対抗するように、剛直に育った麦の禾の景が広がっている。
 作者がこの「麦の禾」を「抵抗する民衆の意志」などと自注してしまったために、この句は観念を感覚化した社会性俳句として世に広まった。沢木欽一などは「イメージを強調する抽象俳句」だと解説している(『近代俳句大観』明治書院)。
 しかし、作句過程がどうであろうと、今、先入観無しにこの句に向かえば、これは明らかに具象の句であって、写生の背後に象徴的に思想性を漂わせた作りになっている。
 この句を戦時中の句と思っている人もいるが、作句は昭和二十九年。とすれば、この「爆音」は米軍の戦闘機、あるいは爆撃機であろう。
 その頃、日本には約三百の米軍基地があった。日本中が、今の沖縄に近い状態だったのである。その三百の基地の周囲に繁華街ができ、売春宿もできて、庶民の経済は立ち直っていった。忌まわしい記憶であるが、事実は事実として記憶されねばならない。また、その状況を沖縄にだけ残して次の齣に進んでしまった「本土」という聖域についても、よくよく考えておく必要がある。
 とは言え、時代はその聖域にまた爆音を響かせようとしている。果たして私たちは、再び「麦の禾」の逞しさを取り戻すことができるのであろうか。

出典:『わが噴煙』

評者: 秋尾 敏
平成29年6月23日