日の本や金も子をうむ御世の春 小林一茶  評者: 後藤 章

 また一茶である。「金も子をうむ」とは利息、金利のことである。日本における利息の歴史は757年に施行された養老令の雑税の一種「出挙(すいこ)」まで遡れるようだが、これは記録上のことで、利息という観念は人間の欲と同時に生まれたものに違いない。しかしながらこのことを句にしたのは、現代も含めて一茶だけだろう。
 ところで、一茶が俳諧師として世話になり、教えも受けた夏目成美は、本業は札差業、五代目井筒屋八郎右衛門。つまりは高利貸しだ。しかしながら金利にうるさかったであろうその成美自身の俳句はというと、きわめて蕉風的であった。次のようなものである。
  夏めきて人顔見ゆるゆふべかな
  土の香も土用にちかし蛇いちご
  あくびして若葉にうつる涙かな
 成美のこのような句作の態度は、水原秋桜子がその医業への懐疑から「きれい寂び」の世界を求めたことに似ているのかもしれない。どちらも人間の欲に伴走する仕事だけに、それとは正反対の世界を求めたのであろう。
 一茶はこの二人と違って、金にも性欲にもまっとうに赤裸々にぶつかった。そしてそれを句にした。しかし見逃せないのは、この句に漂う覚めた視線である。こうした「馬鹿」な一茶を見つめているもう一人の一茶が、この句には確かにいるのである。このような視線は近代人のものといって良いだろう。というよりも、やはり日本の近代は江戸時代に始まっていたのであろう。

出典:『一茶俳句集』(岩波文庫)

評者: 後藤 章
平成21年8月21日