夜ざくらの坂より座敷の中見ゆる 横山房子 評者: 寺井谷子

 夜桜の下のそぞろ歩き。「座敷の中」の措辞が、一邸とでもいうような佇まいや、それまでそこを占めていたろう宴の気配まで想像させる。「坂」の設定もよく働く。夜桜の闇の先にはそこに居た客の姿があるかもしれない。ちらと目にした景から広がる異空間。言葉と形式が創り出す異界。
 小説家村田喜代子は、〈寒雷やひじきをまぜる鍋の中 房子〉に、自身の小説『鍋の中』を重ね、「書き終えた後で、この一句を知ってがっくりした」「ひじきが女の黒髪に思えた」と語ったが、房子のそのような力を指していようか。

評者: 寺井谷子
平成19年3月9日