十薬と肝干してある名越かな 前田吐実男  評者: 伊東 類

 十薬は通称「どくだみ」、特有の匂いと共に生薬として利用されることは周知のとおりである。
 肝は肝臓、きもであり、肝心なポイントを象徴している。漢方薬であるから良く乾燥させて使用されるわけだが、それといっしょに自分の肝(きも)も干されている。肝が干されているというのはどうもあまり好ましい状況ではない。でも、これが鎌倉への出入り口に繋がってくるとかなりドラマチックな景色となる。ある意味で緊張感が漂ってくる。
 名越(なごえ)は地名である。前田氏は鎌倉の在住。鎌倉市大町の旧名が名越。鎌倉市の南東部に位置し材木座、曼荼羅堂の先は逗子市であり、祇園山、衣張山から浄妙寺、逗子市にかけて大小の谷戸が無数に広がっている。鎌倉から三浦、房総へ抜ける鎌倉三浦往還、古東海道との謂われもあるが、今風に言えば鎌倉・葉山線が近くを通っており、現在では交通的な道としては利用されていないというのが現状である。鎌倉への入口は鎌倉七口と言われるように7ヶ所あり、名越切通がそのひとつにあたる。重要路ということではなく狭くて整備がされていないので、その分現在でも往事の姿を残しているようである。鎌倉近在のひとつの特徴である切通、山を切り裂いたような交通路は幕府の防衛とも重なっていかにも往時をしのばせる風景であり、その険しさが一層の緊張を高めている。
   鎌倉や木枯二号と歩いており     前田吐実男
   鎌倉駅舎いま夕焼けの真只中
   鎌倉を終の栖に菊膾
   二の酉も過ぎて鎌倉谷戸住まい
   たんぽぽの絮ついてくる銭洗弁天
   鎌倉や天から毛虫落ちてくる
 取り合わせの妙を鎌倉という歴史のステージに乗せている。以下に鎌倉の句を引いてみた。どれも、直接に鎌倉を彷彿させるような内容ではないが、そこに一種独特の乾燥した歴史舞台を用意しているしたたかさも見てとれる。

出典:『鎌倉抄』

評者: 伊東 類
平成21年8月1日