未来が未来であった頃
👤有本仁政

まだスマートフォンのカメラが壊れたままである。
ピントが合わないが、それ以外のことは出来る。
ピンぼけ散歩に今回もお付き合い願いたい。

<銀色の未来>

万博が終った。
GW直後に家族で出掛け、それなりに楽しかったので、行く前の否定的な気分はやや薄まった。
しかし、CG映像ばかりのパビリオンの中で印象に残ったのは、イタリア館の本物、ポーランド館の生演奏、河瀨直美館の対話、ポルトガル館の食事。アナログばかり・・・

70年の大阪万博の時は小学生。
家が関西ということもあり、4回足を運んだ。
55年経った今も、パビリオンの写真を見れば名前が言える。
それほど熱中した未来。
しかし、日本館で走っていたリニアモーターカーはまだ未来のまま。

私の住む町は日本で唯一「犬」の字を冠する市でありながら、世界屈指のサル類動物園がある。
最寄りの駅から園までモノレールが営業していた(1962年~2008年)。
その車両が園に一部残されている。
ペンキも剝れているのだがピンぼけ写真は美しく、70年万博の未来そのもの。
銀色と朱色の組合せは、我々の世代が熱中したウルトラマンカラーでもある。
未来であると共にノスタルジーを感じる造形だ。

銀色の未来ゆかしき鱗雲
              仁政

この車両は調べてみるとアルヴェーグ式と言うらしい。
同じ方式の東京モノレール(1964年)や大阪万博モノレール(1970年)よりも古いが、より未来的な造形である。

 


<金色の未来>

先述の動物園には遊園地が隣接していて、その高台に岡本太郎<若い太陽の塔>がある。
なんと70年万博の前年に作られている。
いくら写真がボケてもタローさんの造形と分かる力強さで、ドラマTAROMANのモチーフにもなった。
この塔の顔は一つで、その形は万博<太陽の塔>の胴体にある太陽の顔(現在を表す)であり、その色は万博<太陽の塔>の天辺にある黄金の顔(未来を表す)の金色である。
つまり現在と未来を併せ持った顔といえる。

70年万博の想い出をもうひとつ。
町内会で出掛けた日に<太陽の塔>立てこもり事件に遭遇した。
あの黄金の顔の眼に男が立てこもり、夜に照射されるはずであったサーチライトは片目だけだった。
モダニスト丹下健三の大屋根を打ち破った縄文人岡本太郎の未来の顔に立てこもり、犯人は何に抗おうとしたのか。

金色の未来あらがふ破蓮
              仁政

有本仁政
1962年兵庫県生まれ、愛知県在住
「韻」同人、中部日本俳句作家会会員
「ひとつばたご」発行人
東海地区現代俳句協会蒼年部長