日乗
👤久保純夫

湯呑から通じていたる常世かな
浮遊する磯巾着の婚外子
傍系の線を書き足す孑孑よ
溶暗の白き便器となりにけり
生粋の水茄子であるちちふさよ
貫通を受け入れているランブータン
冷奴芯を外してしまいけり
詔勅の立ち上がりゆく白雨かな
斑猫が分け入ってくる顱頂かな
かたちなきものを薬罐で茹でにけり

久保純夫「日乗」10句鑑賞
👤神田ひろみ

▶湯呑から通じていたる常世かな

「湯呑」という日常の器で何か飲み干すとき、ふとこの身は「常世」というものへ通じているのだと実感したのだと思う。
飲食という行為から「常世」を実感しているのだ。

▶浮遊する磯巾着の婚外子

「磯巾着」の「婚外子」が浮遊している。
その「磯巾着」を離れもせず、密着もせず、しかし決定的なまぬがれがたい遺伝子をうけついで「浮遊」しているのだ。

▶傍系の線を書き足す孑孑よ

「孑孑」は短い線である。
どのような係累から発生したのかは、もう分からない。
しかし、眼前に存在しているのである。
「書き足す」ということが作者の善意のように思われる。

▶溶暗の白き便器となりにけり

「便器」を詠まねばならい意図があるのだろう。
詠もうとするとそれはフェードアウトしてゆく。
生きる意味もそうだろうか。

▶生粋の水茄子であるちちふさよ

実に実感のある句と思った。
薄青く白くやわらかな「水茄子」のような「ちちふさ」は「生粋」の母性といえよう。

▶貫通を受け入れているランブータン

「ランブータン」は外側が真っ赤で中身がつやつやの白い、ライチに似た果実だ。
ここで形容しようとしていることはわかる。
句中のすべての言葉が「ランブータン」にかかってくるのだ。

▶冷奴芯を外してしまいけり

水の中の豆腐は箸で掴みにくい。
そのように物事の「芯」をつかもうとして「外して」しまったなあと思うことはある。

▶詔勅の立ち上がりゆく白雨かな

おりからの「白雨」の中へ「詔勅」が立ち上がってゆく。
見まもろうとしていても、烈しい白い雨脚にその行方がさだかでなくなってくる。
作者の眼中に残るものは何だろう。

▶斑猫が分け入ってくる顱頂かな

「顱頂」は頭頂部の事である。
その髪の根を分けるように「斑猫」の脚が歩み入ってくるのを感じているのだ。
それをじっと感受している作者は、「斑猫」の動きを生老病死の歩みのように感じているのではないだろうか。

▶かたちなきものを薬罐で茹でにけり

「薬罐」で茹でているのは液体か何かで、器のままの形状になるものだ。
その「かたちなきもの」の存在を発見した恐ろしさ、空しさを詠んでいる句だと思う。