👤松本勇二選
現代俳句年鑑2025📚|110P~142P

【特選句】
母初夏は龍の眷属にて強気
             佐藤清美

母上は初夏を迎えた途端、忽然と張り切ってきたらしい。その張り切りはかなり強気で龍の眷属のようであると書く。
「龍の眷属」という譬えが冴えている。
こういう発想を得た作者の感性と瞬発力をたたえたい。
肉親、特に父母を書いた句でこれほど哀愁も郷愁も漂わせないという書き方も新鮮であった。
多くの肉親俳句から遠く離れた明るく元気な一句に、読む者も元気をもらえそうだ。
かといって愛情がないわけではない。
この十七音から十分に愛は感じられる。

【秀句5句】
弟の泣き顔に似し蟹を買う
             小池弘子
米寿からが脱皮のチャンスあっぱっぱ  
             三軒鼻恭
蚊帳の外と気付くに遅く秋扇     
             柴田喬子
父の日の無き頃父に逆らひぬ      
             柴田洋郎
遠蛙闇におさまる弟よ
             十河宣洋

【1句目】蟹を購入するときのこだわりが愉快だ。頬がぷっくりとした「弟」の可愛らしい泣き顔を想像している。

【2句目】「米寿」になってからが「脱皮のチャンス」だと意気軒高な作者。季語が上手い。

【3句目】「秋扇」をフル回転させている作者。話しているうちに私は「蚊帳の外」だったと気付く。

【4句目】回想は大いに納得させられ、そして少しく反省する。父の重複が巧み。

【5句目】冥界の「弟」であろうか。「闇」の中にすっぽりと収まっているように思わせるのは、遠い闇から聞こえる「蛙」の声の所為であろう。

 


👤近恵選
現代俳句年鑑2025📚|215P~244P

【特選句】
悔いが残っている枯葉はないのか  
             宮澤順子

何の木の枯葉なのかはわからないが、春夏秋と木の成長のためにせっせと光合成をしてきた木の葉も、晩秋から冬になればその役目を終え、枝からは水分すら供給されず、茶色くひずんでカサカサになって落葉したり枝についたままだったりする。
もちろん枯れた落ち葉にはやがて分解され土になるという大事な使命がある。
次に育つ新たな命のベッドとなるのだ。
ガサガサと風に吹かれるたびに音を立てる枯葉を前に作者は問う。
「悔いが残っている枯葉は…」と。
中には、やっぱりあの時もっと光合成しとけば良かったとか、台風の時飛ばされちゃってとか、そんなボヤキもあるかもしれないが、多分枯葉には悔いはない。
悔いがあるとしたら木の葉の一生に人の一生を重ねて見ている人間の方なのだ。

【秀句5句】
多満自慢嘉泉澤乃井土筆和
             満田光生 
濡れて行く雨の行間読むために   
             南園美基
ジャポニカのノートの蝶々は本気    
             森須蘭
熊送りされた記憶があるのです
             柳川晋
春だよーん一二三(ひいふうみい)と玉子割る
             山地春眠子

【1句目】東京は多摩方面にある酒蔵の酒の銘柄の羅列。一発勝負の句ではあるが季語がいい。いかにもな酒のアテであり、漢字のみで揃えた字面もいい。。

【2句目】ちょっと格好つけているけれど、それが逆にやせ我慢にも見えておもしろい。雨の程度で、傘はないけど買うのも惜しいと思う私だが。

【3句目】ジャポニカ学習帳の表紙が最近写真からイラストに変わったそうだ。昆虫の写真とか苦手な子が増えてきたせいもあるらしい。この句の表紙の蝶々は本気である。命そのものである。それは昆虫の写真を撮り続けてきた写真家の本気でもある。

【4句目】前世か前前前世か知らないが熊だったのだ。母を亡くし集落で育てられやがて熊送りの儀式でカムイの国に帰り、今は人として生まれ変わり俳句を書いている。神から人になったのなら格下げではないかと思いつつ。

【5句目】「だよーん」の緩さがいかにも春。口語の俳句にはこんな自由さがあるのだと再認識しました。