ちょっとピンぼけ
👤有本仁政

 

『ちょっとピンぼけ』は写真家ロバート・キャパの著作だが、読んだことはない。
何枚かの戦場における有名な写真と、地雷を踏んで死んだことは知っている。
戦場ではピンぼけになって当然だろうし、より臨場感が伝わるとも言える。

2週間ほど前、スマートフォンのカメラが壊れた。
ピントが合わないが、それ以外のことは出来る。
ふとキャパの本の題名を思い出した。
すぐに買い替えようと思ったが、ショップへ行くのが面倒なのと、どんな状況も楽しむのが俳人ではないか、と屁理屈をつけてそのまま使っている。

ぼけた写真で、もうひとつ思い出した作品がある。
現代美術作家・写真家の杉本博司による『建築』シリーズである。
大判カメラで、無限の倍という焦点距離で現代建築を撮っている・・・つまるところ大ぼけの建築写真。
優秀な対象物はぼけても鑑賞に堪える、というコンセプトらしい。

俳句は写生が基本!と言われる方も多いが、たしかに素晴らしくピントが合った写真は、一物仕立の名句のようである。
では、ピンぼけでも鑑賞に堪える俳句があるだろうか。

そんなことを考えながら、町の写真でも撮ろうかと、壊れたスマートフォンを手に散歩に出掛けた。
私は愛知県の北端、木曽川に接した城下町に住んでいる。
天守ばかりが取上げられるが、実は町割こそがこの町の一番の魅力。
近代の幹線道路は中心部を避けて通され、道路の位置や幅は江戸時代と変わらない。
家々もいわゆる鰻の寝床で、必ず井戸もあった。

〈青の残像〉古い町とはいえ、住人の入れ替わりも多い。
明治時代の町内地図を見ると、知らない苗字もかなりある。
いつの間にか家は解体され更地になる。
残った隣家は断面を晒し、暫くはシートに覆われる。
ピンぼけ写真では空なのかブルーシートなのか分からない。
また古い商家ほど燕の巣が多く、低い軒よりもさらに低く飛び交う光景は風情がある。

残る燕ブルーシートを空として
                仁政

〈赤の残像〉黒壁の古い家と路地をスマホで撮っていたら、郵便配達のバイクが燕のように横切った。
大型車は通れないくらい幅の狭い一方通行だ。
ピンぼけ写真でも黒地に赤は鮮やかで疾走感もある。

郵便バイク路地を出て赤のまま
                仁政

少し面白くなってきた。
スマホを買い替えるまで、ピントのずれた写真と俳句をしばらく楽しんでみようと思っている。

有本仁政
1962年兵庫県生まれ、愛知県在住
「韻」同人、中部日本俳句作家会会員
「ひとつばたご」発行人
東海地区現代俳句協会蒼年部長