第26回現代俳句協会年度作品賞 受賞作
─ 朱 夏 ─
なつはづき

空耳は泣く声ばかり著莪の花
やまぼうし翼のように畳む傘
街薄暑カレー南蛮にて汚す
船酔いの残る身体よ白あじさい
バリウムのとぷんたぷんと梅雨に入る
青葉木菟かかとが黄泉に触れている
梧桐と父と鉛筆書きの雨
息湿らせ埋めた金魚と語り合う
噴水やシャッターチャンス来ない恋
棒読みの雨よゼリーに匙深く
万緑をしばし忘れて水眠る
蛇いちご母をまっすぐ見られぬ日
水を打つふいに寂しきピアス穴
心太ぼんやり傷ついています
夏の風邪決勝点はエラーにて
ごうと冷房シーラカンスの大皿に
臨月の腹万緑に押し返す
かぶと虫かさりと父の戻る夜
遠花火抜けて抜け道だと気づく
アロハシャツ不実な腕が生えてくる
夜の水にほどけ始める月見草
濡れ縁に呼吸めく風明易し
図書館で借りてきた恋蝉時雨
合歓の花風から目くばせをされて
足裏の恥じらうプール開きの日
髪洗う人魚の頃を思い出す
一匹と数える悪魔熱帯夜
夕立去り点字ブロックから光る
背表紙は猫背になれず大西日
ぶよぶよの紙ストローで吸う晩夏

受賞のことば─なつはづき

●現在地

まずは作品に真摯に向き合い、選考をしてくださった選考委員の皆様に心から感謝を申し上げます。
ありがとうございます。

この度の現代俳句協会年度作品賞の受賞、大変嬉しく思っております。
協会員は現在四千人。
賞を通じてお互いに高め合える事は素晴らしいと常々思っており、長年挑戦し続けてきました。
聞くところによると、五十代での受賞者は実に十数年ぶりとか。
ずっと先輩方の情熱に圧倒され続けていました。

2018年に第36回現代俳句新人賞(現兜太現代俳句新人賞)を受賞、その後も賞に挑戦する事に対して「もういいじゃない? 」と言われたことも多々ありました。
賞は胸にぶら下げておく勲章ではなく、自分の可能性を広げてくれるチャンスだと思っております。
今どんな句を作りたいのか、実際に作れているのか、今の自分に何があって何が足りないのか。
賞に挑戦するという事は真正面に俳句と向き合い、現在地を都度確認する作業に他なりません。
自分にもまだこんな句が作れるんだという可能性に気づき、驚きがあります。
受賞作の「朱夏」はすべて昨年の夏に作りました。
俳句を連作で発表する機会があり、再度自分を見つめ直し、奮起し、たくさんの句を書き、その中か生まれたわたしの「現在地」です。
この三十句が評価され受賞に至ったのは自身にとって大変価値があり喜ばしい事です。
これを機に、目指すべき目的地が生まれるかもしれません。
また挑戦する機会をいただけたと思っております。
精進致します。
ありがとうございました。

俳歴─なつはづき

「豈」「青山俳句工場05」「天晴」参加
超結社「朱夏句会」代表
「連の会」「蘖通信」合同世話役
2008年 作句開始
2018年 第三十六現代俳句新人賞
2022年 第七回攝津幸彦記念賞正賞


第26回現代俳句協会年度作品賞 受賞作
─ 消えるため ─
水口圭子

天と地の別れるはやさ夏あかつき
海へ開ける薫風の切通し
植田一枚鷺の一羽に暮れ残る
葉桜や懺悔にちょうど良い暗さ
大仏のはらわたの無き涼しさよ
炎昼の本堂深い森に似て
蔵街の日暮を低く蚊喰鳥
吊革の雫のかたち晩夏光
筆談の間合いや時につくつくし
秋風生まる牛の眉間の旋毛より
鳥渡るピアノの蓋を開けるとき
地下道の落書に棲むきりぎりす
義経と名づけ鍬形逃がしやる
縄文の風の匂いの零余子飯
病院の中庭の池小鳥来る
消えるため人の世に来る雪螢
冬うらら登りたくなる坂のあり
夜祭の余韻乗り来る列車かな
兎飼う心が尖らないように
連弾のピアノに映る聖樹の灯
SLの速度のなじむ枯野かな
五人で歩けば北風の軽くなる
保護猫のようやく慣れて春隣
東風の中花屋リヤカー引いて来る
さえずりや足場一気に組み上がる
ぶらんこの有ったところの水たまり
三椏の木洩れ日に咲き急ぐなり
けものみち紅椿より始まりぬ
鳥帰る嘶きそうな巨樹一本
言霊を育てていたる夜の桜

受賞のことば─水口圭子

●ずっとここに居たい

この度は第26回現代俳句協会年度作品賞に私の「消えるため」をお選び下さりありがとうございます。
選考委員の先生方並びに関係者の方々に心より御礼申し上げます。

年度作品賞はもう15年以上前から応募を続けて来ました。近年は予選通過をしないこともあり、そろそろ止めようかと迷ったりしていました。
ですから受賞の連絡を頂いた時は本当に驚きました。

応募に際し三十句を纏める作業は、改めて自分の句と向き合うとても良い機会です。
「力を入れ過ぎてはいないか」「自分の言葉になっているか」など。
特に後者は最も大切にすべきと考えています。
初学の頃大先輩から「借りてきたような言葉を使っても自分の句にはならない」と言われました。
小手先の句は残らないと指針としています。

長く俳句に携わって来てつくづく俳句に助けられて来たと思います。
特に17年前夫が亡くなった時も、程無く元気になることが出来ました。
句会に集う仲間は個人的なことは余り知らない場合が多く、却って心地よく切磋琢磨出来るのです。
互いに認め合いずっとここに居たいと思える〝俳句〟の場が有ることを幸せに感じています。

最後に「地祷圏」の礎を築いて下さった亡き石田よし宏先生と、いつも句会を共にしている仲間の皆様に深く感謝申し上げます。

俳歴─水口圭子

1946年 栃木県生れ
1991年 「響焰」入会、同人を経て退会
1997年 石田よし宏に師事
2000年 「地祷圏」創刊参加、「頂点」参加
2012年 「祭演」参加
2016年 栃木県芸術祭文芸賞受賞
2017年 栃木県俳句作家協会賞受賞
2022年 「ペガサス」参加
現在「地祷圏」「祭演」「ペガサス」同人
句集『現在地』  
現代俳句協会会員