👤松本勇二選
現代俳句年鑑2025📚|74P~109P

【特選句】
逝く母におくるみのごと冬銀河   
             大曲富士夫

夜空を白く流れる冬銀河が、亡くなっていく母上のおくるみのようだと感受した作者。
悲しくつらい心持ちの中で、このような喩えが浮かぶ豊かな感性とやさしい人間性をたたえたい。
この世に産まれたときに包んでもらったおくるみに、あの世にいくときも包まれていって欲しいと願う心情がじわりと読者に迫ってくる。
天の川をこのように見立てたのは初見である。
大いに新鮮で大いに深みのある作品であった。

【秀句5句】
子規の手が伸びてきそうな熟柿かな   
             大野美代子
喜びを幾重にも巻き春キャベツ     
             假屋園いく子
身のどこかなお未使用の夜長かな    
             川名つぎお
あの鴉番長だから風光る        
             河原珠美
夏空を強く蹴り上げお食初め      
             久保井理緒

【1句目】熟した柿に「子規の手」がそっと「伸びてきそう」と思わせるのは、病床で何でもよく食べた子規ゆえか。

【2句目】「春キャベツ」が喜びを巻いていると見立てる感性をたたえたい。明るい表現が好ましい。

【3句目】長く生きてきてもまだ身体のどこかに「未使用」部分があると書く。人間の可能性や不可思議さを思わせる。

【4句目】大鴉なのだろうか。「番長」であると断定し吸引力があった。季語も生きている。

【5句目】大いに元気な「お食初め」風景を活写して見事。

 


👤近恵選
現代俳句年鑑2025📚|179P~215P

【特選句】
太陽の塔に涙痕小鳥来る
             花谷清

1970年の大阪万博の際に建てられた「太陽の塔」は岡本太郎作品の間違いなく傑作のひとつである。
特に正面の〈太陽の顔〉は太郎の作品に繰り返し現れる強い目を持った特徴的な顔だ。
半世紀も雨ざらしだったその顔には雨の痕があり、これを涙の痕だと作者は詠んだ。
太陽の塔は半世紀の間、何を感じて痕のつくほど涙したのだろう。
あるいは涙を流したのは塔の前に立つ作者自身かもしれない。
そこに「小鳥来る」。
それは毎年繰り返される自然の営みであり、平和の象徴であり、涙を太陽の塔に託した作者を癒す存在でもある。
「小鳥来る」は言わば万能な季語だが、この句に於いてはその存在が存分に生かされている。

【秀句5句】
うどん代を歩く少年五差路の夏 
             仁田脇一石
迎えあり大安吉日夜は満月  
             畠山カツ子
さくら貝前科のひとつはあるだろう  
             朴美代子
七次元あたりの人よ紫陽花よ 
             播磨穹鷹
AIがお告げをします初みくじ   
             松本秀紀

【1句目】少年は「うどん代」を捻出する為、バスに乗らずに歩く。「五差路の夏」が眩しい。

【2句目】あの世からのお迎えと読めば、人生の最後の最後にこれでもかと目出度い事が重なり…、リズムの良さも相まってなんだか悲しいような可笑しいような。

【3句目】俳人は「さくら貝」のイメージを美化しすぎている。儚く美しいとか。季語の本意の功罪だ。「さくら貝」だってみんな知らないだけで「前科」の一つや二つはあるに決まっているのだ。

【4句目】「七次元」は物理的に立証されていないので理解するのは難しい。曖昧な比喩ではあるが、なんとなく解る。もやもやとした「紫陽花」の存在が更に曖昧にしている。

【5句目】占いは勘よりも統計だからコンピューター向きなのだ。スマホなどで自分の情報を知り尽くしている「AI」の「お告げ」であれば、尚更リアルで思い当たる節があるのかも。時代だね。