👤松本勇二選
『現代俳句年鑑2025』44P~74Pより
【特選句】
三叉路に三人の我春の虹
青木栄子
来し方を振り返ると、あの時が人生の分岐点であったなあとつくづく思うのは作者だけではあるまい。
「春の虹」を見上げながら、あの春に違う道を選んでいたらどんな自分になっていたのだろうと感慨深げだ。
しかも、「三叉路」というのである。
道は二股ではなく三つの選択肢があったようだ。
冷静に自己を振り返っている様子が伝わる。
「春の虹」という季語は少し甘いように思われそうだが、少女期の憧憬や華やぎがかすかに感じられるので問題ない。
【秀句5句】
亡夫を呼び少しの酒と十三夜
秋元倶子
柿の木に梯子の架かったまま空き家
有村王志
うしろ手に隠せしは何小鳥来る
伊藤淳子
小鳥来る真昼前髪切りそろえ
上森敦代
菱の実や父母在りし頃を嚙む
江田尚可子
【1句目】亡くなられたご主人に毎日話しかけながら生活をされている様子が伝わる。夫婦というかけがえのない関係性を思わせる。
【2句目】あっけらかんと空き家になった様子を梯子に語らせていて巧みだ。
【3句目】隠したものが気になる。小鳥来るという季語によりかなり明るいものを隠しているように思えてくる。
【4句目】中七以降のリズム感溢れる物言いに個性とセンスを感じる。
【5句目】いつでもタイムスリップできるのが俳句であると、しみじみと頷かせる。
👤近恵選
『現代俳句年鑑2025』143P~179Pより
【特選句】
全身の骨を従え新米研ぐ
辻脇系一
なんと喜びに溢れた句。
手から腕、肩、背中、腰、足と全身を使ってグッグッと力をやさしく込めて新米を研ぐ。
その時の肉体の動きと喜びを全身の骨を従えてと表現した。
「骨を従え」という表現が、筋肉だけでなく筋肉でつながっている骨もまた米を研ぐのに必要な肉体のパーツであり、筋肉と一緒に動く芯なのだという感覚を抱かせてくれる。
米を研ぐにあたり骨を意識することなんてなかった。
とはいえ、実は骸骨が米を研ぐ姿を想像してしまったことも確かなのである。
【秀句5句】
火縄銃抱え梟と同じ闇
髙橋公子
海より揚羽一斉に過去となる
対馬康子
キンチョール手にさまよへる夏館
仲寒蟬
われもまた可燃性なり櫨紅葉
浪岡玄
極東や髪黒ければ霧を呼び
成田一子
【1句目】火縄銃はイメージだろう。梟と同じ闇にいてただ闇に怯える。孤独を感じる。
【2句目】瞬間に一斉に過去になる。当たり前の事を揚羽を基軸とすることで儚さまで見せてくれる。
【3句目】思わず姿を想像してしまう。キンチョールという言葉の緊張感の無さもいい。
【4句目】我も可燃性なのだ。性質も物体としても。ハッとさせられる。
【5句目】髪の黒い人達は何を隠すために霧を呼ぶのだろう。極東という言葉が戦禍を思い浮かべずにはおれない。