長袖長ズボンの記
岡村知昭
おととしの夏に、思い切りました。
自分がこれまで持っていた半袖のシャツ、半ズボンの数々を、ひとつ残らず捨ててしまったのです。
理由はふたつ。
まず、蚊に刺されやすい体質なのが、この歳になってよりはっきりしたから。
暑苦しい中で何とか眠りについて、朝起きたら、露出していた肌のあちこちがかゆい。
引っ掻いたら、赤みを帯びながらふくらんでくる。
わたしの血をたっぷり吸いこんだ蚊が、かゆさをこらえる自分のまわりをふらふら。
蚊に刺されやすい体質の自分が、刺されてかゆい思いをするのを少しでも避けるには、肌の露出を減らすほかありません。
もちろん、顔と手、裸足の足は覆い隠すわけにはいきませんが、そこは刺されたら刺されたらでやむを得ない。
そう割り切りました。
もうひとつは、蚊に刺されやすい体質と重なるのですが、相当な汗かきが、ますますひどくなってきたから。
若い頃から、自分はとにかく汗をかく。
ひと晩寝たらシャツにズボン、下着に至るまでたっぷり濡れている。
日中、畳部屋で昼寝から目覚めたら、畳に自分の汗が沁み込んでいる。
そんな自分が、半袖半ズボンでいるのは、汗をしたたらせて暮らすようなもの。
あふれてやまない汗をぬぐうのも一苦労。
せめて長袖なら、額から滴る汗を、腕で拭えます。
それだけでも、気持ちは多少なりとも落ち着くのです。
半袖半ズボンを全部捨てた、そう話すと家族に知人たちからは「暑いのに大丈夫!?」との反応がほぼ同じトーンで返ってきます。
自分だって、そのように思わないわけでは、決してありません。
でも、ここ数年の災害級の猛暑の連続も重なり、肌の露出を避けたいとの思いに揺るぎはなし。
今のところ新しく半袖半ズボンを買おうとの気持ちにはなりません。
それでも、半袖半ズボンの誘惑にかられるときはあります。
夏ですから。
そのときは、今まで持っていた半袖半ズボンを、ゴミ袋の中にたっぷりと詰め込みながら「こんなに溜め込んでいたのか」と気が沈んだのを思い出して、言い聞かせます。
半袖半ズボン溜め込んだって、場所塞ぎになるだけじゃないか。
自分の部屋の場所を塞ぐのは、増え続ける本たちで十分じゃないか、と。
諺を唱えて汗を拭いけり 知昭
岡村知昭(おかむらともあき)
1973年生まれ。滋賀県近江八幡市在住。
俳誌「豈」「狼」「蛮」所属。
句集に「然るべく」(草原詩社)、共著に「俳コレ」(邑書林)。