第1回「風を詠む」年間賞
選評

●中村和弘選

【年間賞大賞】
虎落笛地を生き抜きし瞽女の唄  永井潮

【年間賞】
眠る子の汗にバニラの匂かな   星弘子
はんざきのどろりと動く夜の底  月野ぽぽな
親にだけ分かる髪形運動会    長谷田公子
シャガールの馬は緑眼星月夜   渡辺真帆
啄木忌階段下の文芸部      伊沢とよ子

(年度大賞) 瞽女は盲目の旅芸人で三味線を弾き歌を歌い山里を巡り門付をしながら暮らした。越後の高田瞽女がよく知られていよう。その生活は過酷、この虎落笛がよくそれを象徴していよう。

(年間賞) 昼間バニラアイスクリームを食べたのであろう。夜、汗にその匂いが混じる。母親でないと気付かないかもしれない。こんな些細なことにも俳句あり。はんざきは山椒魚のこと。半分に裂いても死なないので半裂ともいう。両生類に属する動物で生命力が強い。この句〈どろりと動く〉がそれをずばりと表現。運動会、子供は皆同じように見えるが親にはその髪形で我が子がすぐ分かる。髪形に視点を当てたところが面白い。シャガールはロシア出身の画家で作風は幻想的・詩的で日本でも人気のある画家。この句の〈馬は緑眼〉にその特徴をよく把握、星月夜を馳せる馬が幻想的で美しい。シャガール・ピカソ・ゴッホは俳句によく読まれるが、その絵のひき写しにならないように。歌人石川啄木の忌日は四月十三日、おおよそ文芸部などは野球部等のスポーツ部に比べ地味で部室も階段下の部屋。啄木の生涯を暗示しているかのよう。

 


 

●永井江美子副会長選

【年間賞大賞】
からだふと木枯し一号ふとたてがみ 山中葛子

【年間賞】
足裏から砂のくずれる沖縄忌    和田浩一
ねじばなねじばなマット自在に跳ぶ少女 西本明未
尾の記憶微かにありてみどりの夜  下村洋子
青林檎噛むたび海が新しい     茂里美絵
感情のしずかなる距離小白鳥    横地かをる

すでに誰彼によって選ばれた一年間の「風を詠む」の秀句は、どれも素晴らしく、私が選んだ句よりも残した句の方により佳句があるのではないかと畏れにも似た心地で選句に当りました。
そんな中から私が大賞に選んだ句は

 からだふと木枯し一号ふとたてがみ

です。
或る年齢になると、わが身に木枯しが吹き荒ぶという感覚は非常によく解ります。そしてその荒涼たる身に感じた、ふわっとした、たてがみ。

何かの象徴としてのたてがみが生えて欲しいというのではなく、作者の内面の何かがたてがみという言葉を呼び覚ましたのだと思うのです。上五中七のしらべの良さから「ふとたてがみ」と締めた句の、余韻を持たせながらも自身の心象へと導いてゆく巧みさは私を捉え、作者の裡にある蘇生の瑞々しさに感服致しました。

その他の五句も、平明な表記ながら言葉の微妙な揺らぎや、皮膚感覚の冴えが独特の妙味を醸し、まさに「新しい風」を実感させる俳句でした。

 


 

●柳生正名編集長選

【年間賞大賞】
寒卵立つための思想がない   与語孝子

【年間賞】
採血へ差し出す農の日焼かな  古川よし秋
新刊の帯を外してより夜長   四戸美佐子
カタカナの戦地ひらがなの粉雪 古川麦子
追いつけぬからだはそこだ蝶々かな 有栖川蘭子
春の水吐き出している団地群  加那屋こあ

現代という立脚点に足を踏まえ一句を読むとき、足裏に実感する摩擦や引っ掛かり。その種の感覚に心を傾けつつ選句した。

コロンブスが卓に卵を立ててみせた逸話を思い出させる大賞作。目の前にころんと横たわる〈寒卵〉に、自ら立つ主体性、その礎となる〈思想〉の有無を問う。無定見無原則、場当たり的な今の世相への批評と見せかけて、昨今の現代俳句に対する辛辣なまなざしも秘められているのかも。「現代俳句とは何か」が問われる今なればこそ胸に刺さる棘さながらの味わい。

〈農の日焼〉の土性骨の通った腕の存在感。対照的に検診に応じるささやかな不安もにじませ。 千切れたりせぬよう〈帯〉を外して頁を繰る。夜の長さを喜ばしく迎える心の昂ぶり。 耳慣れぬ遙かな名の地で今、争われている戦。自身の身ほとりを包み込む〈粉雪〉の優しさと、直接つながる世界の出来事であることへの思い。 虚空に何かを追うような、身体に半歩ずつ遅れて心が追いすがるような〈蝶々〉の飛翔の不思議さ。高度成長期に開発された〈団地群〉も今や高齢化が進み。ひっそりとしたたたずまいの内に脈々と紡がれる生活と命の造型的把握。