●花谷清選
(現代俳句年鑑2025 P74~P109より)

【特選句】
火蛾飛ぶや小説のなき父の書架 黒岩徳将

かつて夏夕べ、日本の家屋に冷房はなく部屋は密閉されてもいなかった。たいてい天井に白熱電球か蛍光灯が点っていた。飛び込んでくる蛾は、灯りに衝突しようとしては逸れ、そのまわりを周回する。火蛾は目障りであり、何とか始末しようとしたものだった。掲句の部屋には「小説のなき父の書架」があったという。書架には、小説以外の実用書、ビジネス書、あるいは専門書があったのだろうか。「火蛾飛ぶや」が醸し出す郷愁のなか、「小説のなき書架」が父の人物像を仄かに描き出している。この句自体が自伝的小説の一コマのようである。

【秀句5句】
うごめきし街を遮断し蒲団干す 大石勇鬼
かじきの眼海の記憶の透き通る 大槻泰介
数秒が数日のままなゐに雪   岡田政信
オパールとなる逆光の残花かな 上窪青樹
標本の虫に番号原爆忌     川村胡桃

【1句目】東京のような大都市の下町を想像した。公の空間と私的な空間を、もっとも私的といえる蒲団をもって仕切っているところに諧謔味がある。
【2句目】表層には、釣り上げられたカジキの諦観が、深層には、釣り上げたひとの不屈の精神が感じられる。例えば、ヘミングウェイの『老人と海』のような。
【3句目】地震の起きた「数秒」と雪の降りつづいた「数日」とのふたつの時間が絡まり合っている。「数秒が数日のまま」は茫然自失を表すのであろう。
【4句目】盛りを過ぎてまだ散っていない残花。満開のときの瑞々しさは残っていない。が、逆光をとおしてオパールに喩えられるような輝きをみせた。
【5句目】昆虫は、きっちり番号が付され展示されている。原爆に被爆して亡くなった人たちも、同じように番号を付けられ、管理・分析されているのだろうか。

 


 

●太田うさぎ選
(現代俳句年鑑2025 P179~P215より)

【特選句】
新蕎麦を打つて月へと持つてゆく 松澤雅世

いったいどうすれば、こんなにも自由で柔軟な発想が生まれるのだろう。まずそのことに、驚きと羨望を覚えた。
人類が月面に降り立ってからすでに半世紀以上。いずれ誰もが、海外旅行のような気軽さで月を訪れる時代が来るかもしれない。そのときも、地上ではきっと蕎麦の花が咲き、実が収穫され、そして蕎麦が打たれていると作者は信じている。たとえば、自ら打った蕎麦を土産に、離れて暮らす子ども一家を訪ねる両親。そんな風景は、たとえ訪問先が「月」になっても変わらずに続いていくだろう。遠い過去から遥かな未来へと受け継がれていく食文化の豊かさを、この句はSF的な発想を借りて軽やかに描き出している。
それにしても、月面で味わう新蕎麦の香りは格別に違いない。

【秀句5句】
冬日受く高層ビルの窓に富士    林 弘
猪の血に破れたる新聞紙      原 和人
とろろにはとろのぶつ切り刻み海苔 原田要三
春眠といふ海原に舟を留め     東砂都市
春の日や亀にも会はせ婚約す    檜田陽子

【1句目】磨き上げられた窓に映る青空と雪の富士。燦然たる山容は冬日ならでは。
【2句目】新聞紙が破れるほどに猪肉の血が滲む。死して尚猛々しい獣に対しての畏れと敬意に感銘を覚えた。
【3句目】なんとも美味しそう。主役はとろろで鮪は引き立て役だ。浮き立つ心が自ずと愉快な調子となった。
【4句目】春眠の揺蕩うような心地を海原の一艘に喩えた。まどろみの時間を描いて美しい。
【5句目】ペットというよりも家族として愛されてきた亀。微笑ましい景色と春の日がぴったり。末永くお幸せに。