チルアウト
杉山加織

「達磨寺」
杉山加織

開眼の達磨犇き合ふ立夏
袈裟光り来る若葉風青葉風
はつなつや森の木霊の瑞々し
軽やかに矢車けふを寿げり
適当にチルを流してカフェ薄暑
哲学の小径凸凹青葉闇
細胞めく曜変天目涼し
追ふことに慣れたる歩幅時計草

ぽっかりと空いた時間を何に使おうか、果て無き妄想で埋めるのが楽しい。そんなことが贅沢だと感じられるようになった。「時間は生み出すもの」「作ろうと思えば無限に作れるもの」と思う反面、時間を気にしながら過ごす日々の気忙しさを手放せない。そんな矛盾も感じつつ、不意に予定の無い時間が訪れることをギフトだと実感している。

ギフトの時間は、目的をもったとしても業務外の完全フリーダムなものであればそれはタスクにはならない。例えば旅。空いた日に、よし、旅に出ようと予定を組んだところでそれはこなさなければいけない何か、ではない。ナビ通りに行かずに生まれた時間のロスさえうれしいハプニングになる。どんな天気であろうと勝手に用意された最高のシチュエーションなのだ。どこへ行っても運転の必要がなくなれば決まって乾杯モードになる。気ままに食べたり飲んだり、あてもなく歩いたり。気がつけば昨日の自分が何をしていたかなんてすっかり忘れている。そういう時空が一瞬で歪むあの感じがたまらないのだ。

そして旅のようなアクティブなギフトタイムだけでなく、一歩も家から出ないこともまたよろこびのひとつ。誰が決めたかわからない時間を気にしている日常からそっと外れた世界は、意識することで無限に広がっていくように感じる。行動として何かすることを無理やり選択するのではなく、日々のルーティンも時間の枠が外れるだけで少し甘やかになる。それはなんとぜいたくなのだろう。

そんなぜいたくも今いる場所がどうとかでなく、今この時点の意識の違いというだけなんだとおもいつつ横を見遣れば、時間の概念と程遠いような顔をして、ありったけの伸びからぬるぬるとブランケットにのみこまれてゆく愛猫がいた。

杉山加織:1978年生まれ
2011年より作句 
「ひろそ火」同人 編集長
第一句集『ゼロ・ポイント』朔出版(2020年)

 


 

23度目の春とカセットテープ
中田真綾

新社会人になって1ヶ月が経ち、このエッセイを書いています。目の回るような日々で、俳句とも俳句甲子園とも少し距離を置いています。このエッセイが載る頃には、俳句を楽しめるくらいの余裕がある日々をおくれていると信じています。私にとっての23度目の春がこんなにも葛藤にまみれていることをいつか誇りに思えるように、今は前を向き続けるしかないようです。

悩みが多い中でも、職場が映画「世界の中心で、愛をさけぶ(2004)」の撮影現場だったこともあって、淡い光に癒されています。作中の“アキ”が迎えることのできなかった季節を何度も迎えて私の今があります。地続きに見えるような日々はいつだってそこにあるわけでなく、明日があること、成長できる機会があることは、こんなにも恵まれていると気づかされます。

学生時代の青春の中にセカチューのような恋愛はありませんでしたが、いつだって俳句がそばにいてくれました。俳句甲子園に誘われたのをきっかけに始めた俳句です。俳句甲子園には情熱と青春が詰まっています。そして俳句甲子園という場所は私が苦手を克服できた場所でもあります。

私は幼いころから人前で話すことが苦手でした。ディベートが欠かせない俳句甲子園は圧倒的に苦手な部類。ディベートの間は座っているだけでもいいからチームにいてほしい、俳句を作ってほしいと言ってくれる友人に心から感謝しました。それでも、俳句甲子園の練習会に出るようになり、何度も行う試合の中で必死に受け答えをしている友人たちを眺めていると申し訳なさと悔しさ、無力さでいっぱいになりました。友人たちの姿に押され、挙手をして立ち上がった時は話すことなんて考えていませんでした。言葉はぽろぽろとこぼれるだけでまとまっていないけれど、間違いなく自分の思いを言葉として発した瞬間でした。

その日を境に話すことが苦手ではなくなりました。困難に直面したときは自分を支えてくれた人、親しくしてくれた人たちのことを思い出します。新社会人になって自分に向き合い、もう一度克服する機会が回ってきたのだと実感しています。困難を何度も乗り越えて大人になる過程で、私は青春を思い出し、そこから勇気をもらうのだと思います。

俳句は色あせないカセットテープのようにその情景を、時を超えて想像させます。俳句は忘れられない恋人のような顔をして、私を一人きりにしないようにそっとそばにいてくれるのだと思います。

変声期
中田真綾

泳ぎ終え鯨の匂いのする僕ら
じゃんけんの指の火傷や浜薊
水中花ふたごの感覚を抱く
つねったら痛いね、麦茶飲みたいね
ディベートのテーマ「貧困」夏浅し
耳鳴りを忘れ夏野に君を待つ
水鉄砲撃つ少年の変声期
生命の流れを模倣して泳ぐ

中田真綾:2002年生まれ 愛媛県出身