春のパリへ
橋本 直
去る3月、20数年ぶりにパリへ旅をしてきました。20年前は、窓から見えるどこまでも平らなシベリアの上空を、延々西へ飛んでいたのが印象に残ったのだけれども、今般のロシアによるウクライナ侵攻の影響で、ヨーロッパへの飛行機は軒並み遠回りになるコースに変更を余儀なくされ、行きは西ではなく北東へ飛び、アラスカとグリーンランド上空を経てパリのシャルルドゴール空港に、帰りはトランジットでフィンランドのヘルシンキ空港を経由し、そこからスカンジナビア半島を越え、北極点附近を抜けて羽田まで飛ぶ、飛行時間だけで軽く14時間を超えるロングフライトになっています。まさかヨーロッパに行くのに地球の極地を通ることになるとは思いもしませんでしたが、それでもパリを往復する多数の日本人を中心に、行きも帰りもほぼ満席になっていました。
20年ぶりのパリ行きということで様々な変化があったのだけれども、数年前の海外出国の時と比べても、エアチケット発券も、荷物を預けるのも、出国手続きも、パスポートをひらいてスキャナにかければ、データ読み取りと顔認証で短時間のうちに諸々の手続きが終わるようになっているのが歴然とした違いでした。対面で何かをすることは以前よりだいぶ少なく、このあたり、コロナ禍対策や東京オリンピックを経ていろいろ刷新されたのであろうと思われます。搭乗前の手荷物検査はあまり変わらないのだけれども、そこに至る誘導が、大規模イベント会場の入場時のように細かく仕切られたベルトパーテーションでコントロールされていて、直線でいけばすぐの開けた空間を長々と遠回りしないといけないのが多少苛つくのだけれども、この点は帰りのシャルルドゴール空港でも同じだったので、以前よりも手続きがスムーズに進むことでそこに人が大勢集まるのを調整するために必要になったのだろうと思われます。
延々と年中工事をしている新宿駅や渋谷駅に代表される東京の風景とは違って、ヨーロッパの大都市は、20年如きでは景観にあまり大きな変化はない印象を持っていて、街並みやセーヌ川河畔を歩いてみても、実際そこはその通りだったように思うのだけれども、大きく違ったのは、フランス人が街場で商業英語をふつうに使うようになっていたことでした。この20年進んだグローバリズムによる変化なのか、移民が増えたからなのか、はたまた昨年のパリオリンピックのせいなのか、理由はさまざまなのだろうけれど、以前来た時には買い物でも飲食店でもお店ではほぼ英語を使ってくれなかったのが、今回は行く先々で普通に英語で話しているのでちょっと驚きました。以前は、フランス人はフランス語にプライドをもっているからわかっていても英語を使わないんだ、などと人から聞かされていたので、そんなもんかなと思っていたのだけれども、そんなことも言っていられない世の中になったということなのでしょう。いろいろ悪評のあったメトロの駅構内も、前より明るくきれいになり、乗車券は入場から1時間半で使用不可になる制限が付加されていて、中に入って仕事をする犯罪者や物乞いを暗に締め出しているものと思われます。変化と言えば、昔ながらの街並みはあまり変わっていないものの、その建物の中のお店はいろいろ変わっているようで、日本食のお店は確実に増えていて、おしゃれなブランドのお店の並びにユニクロや無印が店舗を出していたりするのは、以前はなかったように思います。
前に来た時は夏だったので、ひたすら暑かったのだけれども、今回は春で、マグノリア(木蓮)やアーモンドの花がきれいに咲いており、特にマグノリアは、公園はもちろんのこと市内のあちらこちらで見かけたので、パリに春の訪れを知らせる花になっているのだろうと感じました。時々桜らしき花も見かけたのだけれど、あいにく近寄ってちゃんと確認できる場所ではなかったので、はっきりそうかどうかはわかりませんでした。
橋本直(はしもとすなお)
「豈」同人。「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。俳誌「若竹」にて「俳句の自由―嶋田青峰と「土上」―」を連載中。第一句集『符籙』(2020年)。