百景共吟

写真提供:佐々木則子

 

「百景共吟」より2句鑑賞  井上論天 

泣く風と吼ゆる風あり雪野原  星野高士

 比較的温暖な地に生まれ育っていると、掲句のような景にはなかなか出会すこともないが、それ故の恐いもの見たさもまた募ってくる。敢えてこの句の世界に足を踏み入れてみる。ここは黄泉へと続く儚い人の世の延長線上であろうか。大雪原に佇むものにもはや影はない。ただただ、過去へ置き去りにしてきたものたちが幻影となって荒れ狂っている。やがて人の心は空洞となり日常に舞い戻ってゆく。何ごともなかったかのように・・・。

音といふ音みな消えて街冴ゆる 星野 愛

 音のない世界を私は知らないが、それでも近頃は音と疎遠になりつつある。勿論、齢のせいではあるが、聞こえ辛くなったことでの余禄に与ることもまたある。
 しかし、掲句のように街騒が消えてしまった深夜など殊更に背筋が騒ぐことになる。
 この街の音という音は雪が攫ってしまったものか、はたまた闇が連れ去ってしまったものか閑散として時を留めている。そんな静寂の中に、肩を窄めて佇んでいる自分がいることに気付いてしまった。

 

「百景共吟」より2句鑑賞   小野裕三

直線は雪の傾斜を呼んでをり  星野高士

 意味を素直に捉えようとすると、少し引っかかる句ではある。まず、直線というのはいったい何が描く直線のことなのか。「雪の傾斜」は斜面のことだろうと推測はするものの、だとすればそれが「直線に呼ばれる」とはどういうことかと腑に落ちない。だが、意味は決して明解ではないのに、言葉遣いとしては非常にシャープで、だからそこから湧き出すイメージもすぱっと歯切れがいい。そのように、明解ではないがシャープ、という句のあり方こそが、一面に広がる雪原そのものの存在感を言い当てているように思える。

探査機の命短し寒の月     星野 愛

 星間を行く宇宙探査機のことだろう。精密性・確実性・耐久性を要求されるが、実際には失敗やトラブルなども少なくない。探査機が機械として持つそんな特質を「命」と呼んで生物のように捉えたのが、まずは巧みだ。そしてその上で「命短し」と、古い流行歌から広く知られた、人間の若い女性に呼びかける警句を彷彿とさせる形容で詠んだのが面白い。大きな景を作る季語もきわめて適切で、結果として宇宙探査という高い夢に挑む人間の知恵や勇気と、その裏腹にある非力さを同時に感じさせる句となっている。