3協会統合論/ユネスコ登録の戦略的展望をめぐって

筑紫磐井

1.3協会統合の戦略
 3協会統合論は様々な折に出されてきたが、今回の議論の発端になったのは拙著『戦後俳句史nouveau 1945-2023三協会統合論』(令和5年12月刊)と思うが、この一年間ほどの間に起きた三協会統合論について眺めておきたい。早い例では、「2024年版俳壇年鑑」(6年5月刊)の「鼎談俳句史という視座――俳壇展望」(神野紗希・筑紫磐井・中村雅樹)で一部この問題を取り上げている。特に三協会統合論の議論が拡散したのは総合誌「WEP俳句通信」140号(6月刊)で「特集 三協会統合について」が特集されたことによる(3協会の9名の論者により執筆された)。特に今後の枠組みを決める意味で重要なのは、西池冬扇氏の「俳句広場(アゴラ)を作ろう」であろう。
 現代俳句協会では「現代俳句」7月号と8月号に掲載された星野高士と筑紫磐井の対談「花鳥諷詠と前衛―三協会統合の可能性」があり、またWEB現代俳句9月号に西池冬扇氏の「対談「虚子俳句と花鳥諷詠の前衛性」をめぐって」が載った。まさにアゴラが始まった。
 これらを見て行くと分かるように、3協会統合論は3つの協会の一挙同時の統合というよりは、戦略的には、先ず現代俳句協会と日本伝統俳句協会の統合の可能性、これをケーススタディとしていかなる問題が解決されねばならないかを考えることが必要であると思われる。その際大事なのは、虚子、花鳥諷詠をどう考えるかの考察を始めることである。これを受けて、「現代俳句」1月号で「「アブラカダブラ・バナナ」、そして「花鳥諷詠」少々」(西池冬扇)、WEB現代俳句2月号<嘯風広場>で「「花鳥諷詠」に先進性はあるか」(西池冬扇)が掲載された。
 こうした理念に向けた議論の一方、3協会の経営問題から統合は早晩不可欠だが、組織、人事等から直ぐには解決できない問題が多いと指摘もされた。しかし、全く別の方向から新しい風が吹き出し、統合問題に新しい転機が与えられることとなった。

2.俳句のユネスコ登録
(1)ユネスコ登録と無季俳句問題
 2017年4月、ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会(以下協議会という)が設けられ、ユネスコ登録に向けての活動が始まった。ユネスコの登録に当たり当初無季俳句が排除されると思われていたが、協議会の初代会長の有馬朗人氏はユネスコに参加するに当たっての前提として俳句には無季俳句があることを認めている。具体的には、協議会の発足に先立つ共同記者会見での有馬氏の発言であり、会見には4協会の全会長が同席していた。他の3協会の会長はすでに故人となったが宮坂元会長はお元気であり、本年の協会総会で確認したところ間違いないと断言されていた。この有馬発言を踏まえて現代俳句協会は協議会に参加したのである。無季の扱いが不明のまま協議会に参加することはあり得ない。
 問題は、有馬氏の急逝後会長を引き継いだ能村研三会長が「俳句は、575という短い韻文に「季語」を入れるという最低限のルールをもとに、誰でも自由に作る事が出来ます」等と言明していることだ(令和6年年頭挨拶)。これが誤解の発端だと思う。
 しかしこうした問題発言は、協議会のホームページで、つい最近「無季や自由律の影響は非常に大きく、日本国内では、新興俳句、社会性俳句、前衛俳句、多行形式俳句と呼ばれた現代俳句につながってゆき、俳句の歴史に大きな活力を与え続けています。」と是正された。これにより協議会・国際俳句協会と現代俳句協会の関係はほとんど問題ない状況になっていると考えられる。今後は登録に向けた文部科学省の対応がどうなるかである。

(2)俳句ユネスコ無形文化遺産登録に関する現在
現在、ユネスコ登録の手続きは止まっている。行っているのは、文部科学省の「生活文化調査研究」として和歌俳句等各ジャンルの現代までのアカデミックな調査だけである。
実は今まで文部科学省は「俳句」の範囲で無季俳句を含めないと一度も公式に言及したことがない。保守的な文部科学省であるから俳句に無季俳句は含まれないと現代俳句協会の人は頭から思いこんでいるようだがそんなことはない。俳人協会の設立に当たり出された伝統俳句に限定する定款案は文部省によってはっきり否決された。現在定款上は、俳人協会は無季俳句の振興もしなければならない団体となっている。個人的な体験になるが、私の場合永年俳人協会に在籍しながら、無季俳句を作り、その後現代俳句協会に入り、副会長を務めさせていただいているが、これに支障があるかを片山由美子氏(3月より俳人協会新会長就任)に伺ったが何の問題もないと言われている。
まして今回の調査は全く学術的客観的調査であり、かつ登録のかなめとなる協議会が無季俳句を容認する以上、ユネスコ登録で定義する俳句から無季俳句を除外することはありえないと思われる。のみならず、現代俳句協会にとって無季俳句問題を解決する千載一遇の好機だと思うのである(これは俳句のユネスコ登録を進めたいと思っている人たちと少し動機が違うかもしれない)。

(3)ユネスコ登録戦略と3協会統合戦略(私案)
 現在、現代俳句協会の会員からユネスコ登録から脱退すべきだという意見も出ているが、むしろ調査終了まで待って、俳句に無季俳句が含まれることを確認してから最終態度を決定すればよいのではないか。現時点で脱退して、せっかく無季俳句を認めようとしている文部科学省の意気をそぐことはないような気がする。
 万が一俳句に無季が含まれないという調査結果が出たら、「脱退」ではなく、ユネスコ登録自身に反対してもよい。それは程度の差こそあれ、「俳句には有季と無季がある」と永年述べてきた有馬前会長の意向にも沿うことになると思われるのである。
 実はこのユネスコ問題(俳句に無季俳句が入る)のおかげで、一気に3協会統合は進むと私には思われる(これこそ私の全くの憶測であるが)。ユネスコ登録にあたり俳句に無季俳句が含まれるという3協会の合意が成り立つなら、3協会は鼎立する理由がなく、一つになる大義名分が与えられるからである。ユネスコ登録にどういう意味があるかではなくて、文部科学省の調査を進めること自身が俳句に明るい未来を拓くと思われるのである。