雪
木村聡雄
言葉が
発せられたことがないかのよう
山に雪 トム・ドレシャー
as if no words
had ever been spoken
snow in the mountains Tom Drescher
雪が山中に降りしきる情景を詠むならどのように表そうか。単に〈無音〉とか〈人や動物の声がまったくしない〉などの言い方は語り尽くされた感がある。ここはカナダの冬山である。その緯度や人口/国土面積を考えると、この冬山の静寂感は日本とはまったく異なる場所なのかもしれない。その究極の静けさについて作者は、「言葉が/発せられたことがないかのよう」と詠んだ。われわれの神話や伝承では「何がどう語られたか」という中身についてはいつも議論の対象となるが、ここでは言霊思想にも似て、言葉そのものについて思いを凝らしている。このような言葉の存在自体への意識は、〈初めに言(ことば)があった〉という「ヨハネの福音書」(『新約聖書』)冒頭の記述を想起させるものであろう。その聯想に従えば、雪山とは開闢前夜のごとしとでも読めるだろうか。言葉は意思を表明し信頼に足るものと考える多くの西欧人が頷く一句と言えるのではなかろうか。
(俳句和訳:木村聡雄 Haiku Canada Review (Volume 11, 2017, No.1)
[Snow Toshio Kimura]