象の耳

宇都宮駿介

園内をアシカの声やうららけし

春雨に象立ち上がるしづけさよ

カバの背に乾ききつたる春の泥

腰に檻の鍵じやらじやらと山笑ふ

風光る空へキリンの伸ばす舌

園長は雑用係木の芽時

淡雪やトランシーバーまづ名乗る

ぶらんこを揺すれば餌やチンパンジー

両の手をたわしで洗ふ遅日かな

子の姿透けをる孕み鹿の腹

かわるがわる遠足の子ら象を呼ぶ

長閑さや成功しないペンギンショー

ボス猿が交代しさう花の冷え

峰雲や次のボス猿あいつだらう

どの鳥もせはしく鳴けり夕立か

緑蔭を余さず虎の座りゐる

水を浴びサイの動かぬ暑さかな

月涼しワンルームてふ檻へ帰る

猿山の恋愛事情もう夕焼

干草を高きにつるす象の檻

日盛や嘴で首掻くフラミンゴ

水面より昼寝のワニの目と鼻と

何もゐない檻に西日の留まりぬ

堂々と客に尻向け鹿の列

西瓜待つカバの口よく開きけり

獣臭き手をぶら下げて萩の帰路

象一頭ひと一人なり月を見る

シマウマの尻隆々と肥えてをり

毛繕ひする猿の目や秋さやか

錠剤を埋め込む餌の林檎かな

ペンギンの毛並みつややか涼新た

出産は見守るのみの夜寒かな

水澄むやワニは尻尾を持て余し

秋深し個体識別の腕輪

鰯雲象のまつたく鳴かない日

手の甲に鹿の鼻息やはらかし

作業着のなかそれぞれに着膨れて

霊長類が霊長類を見る小春

息白し糞をあつめる仕事終へ

気を抜けば地に鼻のつく象や冬

熟練の餌の人参切る粗さ

おほかみのめぐる道ある檻の中

カピバラの鼻まで浸かる柚子湯かな

ふくろふや遠きなけれど遠く見る

冬天をレッサーパンダが渡る橋

猿山のどの側面も日向ぼこ

隙間風太き注射を象の耳

ライオンの檻の扉厚し十二月

飼育小屋もたれて壁のつめたさよ

冬の朝象うつくしく老衰す

受賞のことば

 この度は、私の作品『象の耳』を佳作に選んでいただき、ありがとうございます。高校を卒業して一人の大人として俳句と向き合う中で自分の未熟さを痛感しました。独学で俳句をたやってきたため、自分が間違っているのではないかと思うこともありました。そんな中で自分のやり方が合っているのか確かめるために応募したのが今回の作品です。なので最終候補三作品に選ばれたと知った時は自分が認められたような気がしてとても嬉しかったです。今回の五十句は動物園を題材にしましたが、その理由は単に動物が好きであることと連作を作るのが久しぶりなので作りやすい題材だと思ったからです。動物の中でも象が特に好きなので象を中心に詠もうと思っていました。実際に動物園で吟行をしようと思い、天王寺動物園に行った時、園内を一周以上しても象を見つけられず、園内図を見ても象舎はありませんでした。調べてみると天王寺動物園で現在象は飼育されていないとのこと。動物園には必ずと象がいると思っていたので残念でした。帰ってネットで象のことを調べていると象の飼育員のブログを発見し、それを元に俳句を作ったりしました。俳句では実際に見たりすることが大事だと思いますが現代ではインターネットの情報も充実しており、普通なら見れないものも見れたりします。今回の連作には実際の飼育員の目線で詠んだ句がありますが、動物園に行って客として見ていると作れない句です。このような句が作れるのが現代の良さなのかもしれません。