放鳩

島田道峻

愛の日の水張つてゐる滑り台

戒律の立札すでに余寒のいろ

金縷梅や分厚く歩く登山靴

白き鳥に愛さるる旅大焼野

寝返つて肋骨せまし春の蝿

たんぽぽの話テレビの買ひ替への話

つばくらや標語の町のをちこちに

凪は昼の終はり港の風車

春の雷床より生えてゐる椅子か

天国は歴史ある国しやぼんだま

木柱の太きを讃へ草の餅

入社式吾に鰭なく翼なく

全身を叩く音楽あげは蝶

終末を信じる人と噴水へ

放鳩や虹に余つて空のあを

うつとりと雨後の畳や扇風機

咽せかけて麦茶を飲んで咽せにけり

滝に滝編まれをりいま思惟の背も

やりきつて傾いてゐる神輿かな

簡単に死んだ金魚を憎みけり

峰雲の甚く暴力的なる汝

ぐりぐりと貼る夕焼けの手配書を

エレベーター開けをれば蝉暴れ来し

鳳梨の売られて新宿は曇り

塔暑し光の傀儡なればなほ

寒蝉鳴く鳥居の奥は大渦ぞ

発声のうつくしく散るカンナかな

きちきちの飛び交ひ幸せになりたい

鍋に語と馬鈴薯を煮てあとはもう

きりぎりす産まれつきてふ腰の痣

星空に空き家蟄虫戸を坏ぐ

吾亦紅沈没船に逢ひたきとき

不発弾のやうな地下街颱風来

枝見えてきて裏返す葡萄かな

新月や象一匹の叫び出し

独白のごとく秋雨座礁の木

罵倒の音を囮より浴びせらる

朝寒やコーンスープの湯気を食らふ

釉薬に椀青々と神無月

初氷たなごころなる刃の名残

走り来てきれいな咳を出せずゐる

親水の綿虫ばかり来たりけり

ゆるやかにひかり崩れて風邪の街

マスクして機密事項を胸に持つ

しぐれ虹埋立ての地をうたがはず

侘助や投資の手紙のみに宛名

湯ざめせぬ眼やいつまでも虎の絵を

総身の拍動通ふ蒲団かな

水鳥の眠る背中がふと孤島

黒髪に傷匿へり凍結湖

 

受賞のことば

 月並みだが、人が芸術に救われることは往々にして起こることだろう。芸術は美しいものや考えさせられるものなど様々あり、俳句に関しても、個人の所感だと同様に思う。そして私は俳句の特有の音韻に魅了された節がある。他では出すことのできないものであり、その音韻に言葉の意味が乗ることで本来の言葉の力以上のものを引き出しうる。具体的に言うと、脳に焼き付いて離れず無意識にリピートされる「刺さった」状態となる。これまでの私の人生でそのような句との邂逅がなかったということではない。だがもっと強く深く打ち込まれて日常の中でも本能が再会を望んでしまうような句との邂逅を私は望んでいる。これまでの邂逅以上のものが句によってなされうるのだと私は確信している。私が句を読み、また詠んでいる理由の一端がこれである。故にこの世界に住む膨大な数の人々の中のただ一人の心の奥底を揺さぶるような、突き刺さって離れないような句を作れたなら私の句は完成されるのだろうと思う。

 今回応募した一編は、最大限に先述の思考を意識した前衛的な態度で編んだものであり、その意味では現状の限界も痛感した。選考会という場で自分の連作が評価されていくという貴重な機会をいただくこともできた。私の拙作をこのように評価していただけたことを光栄に思うと共に自句の客観的な把握、理想と現実との乖離への理解、これからの指針を得るために十分すぎるほどの場を与えていただけたことに感謝申し上げたい。

プロフィール

名前 島田道峻(しまだみちたか)
2007年(平成19年) 東京都にて出生

俳歴 2022年(令和4年)秋 作句開始
   現在、無所属。