伝えたかったこと

木村聡雄

  かなとこ雲伝えたかったことひとつ デビー・ストレンジ
  anvil clouds there was something I wanted to say Debbie Strange

  [Haiku Canada Review (Volume 11, 2017, No.1)]

 夏の積乱雲のなかでも鉄床のような形をしたものは雨や風の前ぶれとも言われる。実際、見たところも圧倒されるような感じがあるだろう。そんな雲のせいか、言えず仕舞いのことが思い出されるというものだが、一体どのようなことだったのか。作者自身が句の中で語ることはない。それでもこの句が抽象的に過ぎると感じられることもないのである。というのも、この句に触れた読者は皆、自分が過去に言えなかったことを思い出すからである。誰もが経験したことのあることを読者の心の底から引き出し、それを答えのひとつとして一句を完成させようとする作品と言えるだろう。

  ふるさとへ...
  後に残してきた
  教会 シャーロット・ディグレゴリオ
  returning my hometown. . .
  the church
  i left behind Charlotte Digregorio

[Haiku Canada Review (Volume 12, 2018, No.1)]

 実家への帰郷。かつてよく行った場所など思い浮かぶものは何だろうか。前掲句とは異なり、ここでは作者自身、「後に残してきた教会」だと読者にはっきりと伝えたいのである。これを、信仰から離れたことをほのめかしていると読むのは正確ではないように思われる。信仰を捨てた人はそれを幾分か感傷的に表現することをあえてしないだろうし、再び帰依しようとするならどこにいてもまず祈ることができるだろう。すると残してきたのは、ふるさとの教会という自分にとって特別な存在とそこにまつわる若き日々の精神だろうか。たとえば、かの地の子どもたちの多くが通う日曜学校では、聖書について学ぶのみならず、歌や劇そのほかの行事で仲間との触れあいがあったに違いない。やがて十代後半のころには係として子どもたちを指導したかもしれない。大人になると教会に通い続ける人ばかりではないとはいえ、こうした子ども時代の体験を通して信仰の一部分が形成されてゆくのだろう。確かに欧米の映画や音楽ビデオには教会の様子が身近なものとして描かれている。日本に置き換えると、子どものころの地元の神社の祭だろうか。日本人の多くはその後も新年になると初詣に出かけ、家族の健康や受験といった個人的な幸のみならず、平和な世界を祈る。毎年全国で数百万人が祈ることを考えると、われわれも案外信心深いのかもしれない。

(和訳二句とも:木村聡雄)
[Something I Wanted to Say Toshio Kimura]