写真提供:河合香都子

「百景共吟」より2句鑑賞   清水逍径

  
凍雲に紛れ無人機やってくる  松本勇二

何年か前までは、地上の混雑を避け物資の移送に利用される機器として、ドローンが喧伝されていた。ところが、ウクライナへのロシアの侵攻から最近では無人機攻撃の報道を耳にする。無人機は攻撃用兵器となってしまったのであろう。戦争を体験したものにとって空の脅威は格別である。私は5歳になる頃、川で魚を捕っていた時に機銃掃射を体験した。凍雲から無人機がやって来るかも知れないと不安を感じた作者。凍雲が覆う寒々とした空気の中での効果か。

聖地にも砲弾の雨年惜しむ   長井 寛

 イスラエルの東部にある街エルサレム。ここには基本的には同じ神を崇めているというユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教の聖地がある。嘆きの壁。聖墳墓教会。岩のドームである。一昨年秋、この地の歴史に関わる争いが、ハマスのイスラエルへの大規模な襲撃で始まった。一方、イスラエルはハマス壊滅を目指し、戦は1年以上続いている。まさに、聖地にも砲弾の雨である。作者は1年を振り返り、「年惜しむ」に早く戦が終わって欲しいという気持ちを託したのである。

 

「百景共吟」より2句鑑賞   平賀節代

腰据えて氏神様と冬茜     松本勇二

氏神さんは、人々の暮らしに深く関わりその土地を見守り続けてきた身近な神様。作者はその氏神さんに腰を据えてと詠む。自分を育んでくれた土地を思い直しているのか。世の中が乱れると新しい宗教が興ることは歴史が証明している。人の命を奪ったカルトや献金まみれの宗教もある。季語冬茜の鮮烈な赤が、時に見る見る不気味な色に変わってゆく。今を生きる多くの人が、明日への不安を抱えて生きている。そんな時こそ氏神様なのだ。「氏神さんと仏さんを大事にしとれば大丈夫」と言っていた母を思い出した。

透明の水に色あり一茶の忌   長井 寛

一茶の忌日は陰暦11月19日。この句の透明な水に色があるに惹かれた。冬が深むと水の色はよく切れる刃物のもつ冷たい色に似てくる。一茶は晩年ふるさとで人並みの安らぎと幸せを手にするが、これでもか、これでもかと、子も妻も奪われてゆく過酷な人生。
その人生と重なる水の色。一茶と言えば、誰もが、雀や蛙子どもなど、幼気なものに愛情をむけた独自の句思い出す。これらの句は、今を生きる私たちの心にも真っ直ぐに届く、まさに水が透き通るように。