祈り、そして、自己と外界の往還――楠本奇蹄『触るる眼』を読む
若林哲哉
私事であるが、月刊『俳句界』2024年12月号(文學の森)の特集「たくさんのいのり」に、「『祈り』が込められていると感じる句20句」を寄稿した。COVID-19禍以降の時代となる2020年代に出版された句集をはじめ、その時期に発表された俳句を媒体問わず読み漁って掻き集めた抄出である。抄出に添える短文に、こんなことを書いた。
(前略)叶いようのないことが分かっていながら、祈るほかないから祈る。過去の記憶や未来への想像の中で、時に運命の理不尽を呪いながら、他でもなく、わたしがわたしとして生きていくために、祈るのではないか。(『俳句界』2024年12月号、文學の森)
特集の詳細は実際の紙面を参照されたいが、20句の中でも私にとって特に忘れがたく、異彩を放っているのは、
汗もなくアフマドは四歳だつた 楠本奇蹄
第41回兜太現代俳句新人賞の受賞作『触るる眼』(注)のうちの一句である。テクストに対して愚直かつ慎重に読めば、「アフマド」と呼ばれる人物の属性を特定することは叶わないのであろうが、私がこの句に「祈り」を見出したのは、やはり、ガザを思わずにはいられなかったからである。すなわち「アフマド」とは預言者「ムハンマド」と語根を同じくする名であって、そこに生まれ暮らす人物の名として代表的かつ象徴的に詠われていると解釈したわけだ。「だつた」という叙述の奥に、戦禍に巻き込まれ、運命の理不尽によって四年という短い生涯を終えた「アフマド」の生が、刻一刻と過去の事象になってゆくことを突きつけられているかのような絶望が滲んでいる。身体が防衛反応として汗を発する暇さえ与えられず、失われてしまった命。そこに、「アフマド」が四歳という若さで亡くならなくても済んだ世界を希う思いが宿る。
「異彩を放っている」と書いたのにはもう一つ理由がある。それは、『触るる眼』50句のうち、この句がひときわ「直截的」であることだ。テーマも表現上の狙いも分かりやすい句であるがゆえに、この連作の中では却って目を引く。逆に言えば、楠本奇蹄の作品世界というのはもっと、安易に踏み入ることを許さない雰囲気を纏ったものなのではないかと思っている。しかしながら、それでも楠本奇蹄の俳句が読者にひらかれているものだと信じられる要因の一つに、身体性があるだろう。それについて選評で指摘しているのが、選考委員の赤野四羽である。
受賞作「触るる眼」(楠本奇蹄)は暗喩と描写のぎりぎりを攻めながらも、一句の完成度と一貫した抒情を達成していた。(中略)身体性をベースとした感覚表現が得意であるが、それに終わらず、物語性や感情を強く有している。また時事や社会に対する姿勢も無理なく埋め込まれており、成熟した文学の志向がある。(『現代俳句』2024年6月号、現代俳句協会)
楠本奇蹄が「身体性をベースとした感覚表現」を得意としていることは、氏の句集『おしやべり』(マルコボ.コム、2022年)からも窺い知ることが出来る。例えば、
振り向くとき小鳥は僕の死ねない眼 楠本奇蹄
おしやべりの底の海市にさはりたい 同
死にたい「僕」は死ねなくて、そんな「僕」は小鳥に視線を向けながら、自分自身の眼の存在を再確認している。「眼」の一語で止めたことによって、小鳥と眼とがメタモルフォーゼするような不気味さを醸しつつ、身体の一部をなす物体として「眼」がそこに存在することを印象づけている。また、〈おしやべりの底の海市にさはりたい〉は、聴覚と視覚と触覚を同時に刺激する句。人間の五感というのは連続的であり、ある感覚が鋭敏になるとき、また別の感覚も呼び起こされている。鼻をつまむと味が分からなくなるように、無意識的に様々な感覚を用いて、人間は世界を把握している。そうした揺らぎが、「身体性をベースとした感覚表現」に留まらない奥行きを一句に与えている。
『触るる眼』において、身体の部位が単語として詠み込まれている句を数えてみると、50句中20句余りが該当する。中でも、「手」にまつわる句が最も多い。
山風の手に置きかはり郁子の花
思惟の手にみづのゆきさき鳥曇
ゆらゆらと百合の昏さは摑む手に
ドアに手を触れなば糸蜻蛉の湿り
段ボールの指痕が小春の形見
マジシャンの爪編むごとく冬景色
弔ひの手で綾取りの橋渡る
こうして書き並べてみると、いずれの「手」にも不思議な感触がある。〈山風の手に置きかはり郁子の花〉は劈頭句。山風に吹かれながら、曖昧な存在として別の物体と置き換わってゆく手。置き換わるのは、山風と手かも知れないし、手と郁子の花かも知れないし、山風と郁子の花かも知れない。そうした往還の中でこの句を読み味わうことができる(否、読み味わった気分になれる)のは、「手」を通して「山風」という外界の現象を知覚する瞬間が自ずと喚起されるためであろう。同様に、何かを摑むときの感触を知っているからこそ、「百合の昏さ」に思いを馳せることが出来るし、ドアに触れたときの感触を知っているからこそ、「糸蜻蛉の湿り」に納得することが出来る訳である。
外界の現象を鋭敏に捉える一方で、自己の内面を反映するものとして描かれるのもまた、楠本奇蹄俳句の「手」である。〈思惟の手にみづのゆきさき鳥曇〉、実際の景色としては、せせらぎに手をつけているところなどを想像するのがよいだろうか。深く思考を巡らせる主体であるからこそ、水面に触れた瞬間、その流れる先を想像する。同時に、主体がそのように世界を把握することによって、水に行き先が付与される。「手」を通じて、内面が外界を規定する瞬間も存在し得るのだと気付かされる。指痕が形見であると把握されるのも、「手」という一部分から、取り巻く外界の中で確かに存在するその人物、私が知っているその人の内面を感知するからであろう。
「手」に続いて多く詠み込まれているのが、「眼」にまつわる語句だ。
暗誦にまなぶた深し芹の水
スプーンの覆ふ片眼の徂春かな
木の虚が麦酒に落ちるとき裸眼
雪触るる眼のあり誰の孤燭ならむ
表題句〈雪触るる眼のあり誰の孤燭ならむ〉は、「眼」という感覚器官を通じた知覚が触覚から視覚へ移ろう、シナスタジアの宿った句であり、楠本奇蹄の本領が存分に発揮された作品といえよう。ひとひらの雪がふと眼に触れた瞬間の痛み。ぎゅっと瞑り、再び眼を開くと、降る雪の奥に灯火がぼんやりと浮かんでくる。寒々とした孤独感を覚える一句だ。先述の〈振り向くとき小鳥は僕の死ねない眼〉とは打って変わって、眼が眼としてのみ闇の中で存在しているような感覚がある。
表題句を引きつつ、岡田一実は、『触るる眼』50句を次のように評する。
(前略)楠本奇蹄『触るる眼』を読んで、評者が最初にイメージしたのは「九尾の狐」の尾である。一句のうちの因果をずらすという手法は、古くから俳諧にある技法である。楠本の句は、さらに因果を小刻みにずらし、あるいは詩的な因果を創り出す。一見、自動筆記のようでもあるが、自然状態が引き寄せがちな意味の世界から逃れるよう、用心深くイメージを攪乱し、「尾」を捕まえさせない。
(中略)
冒頭の「九尾の狐」も、人獣だの瑞獣だの、あるいは妖怪だのと祭り上げられつつ敬遠されて、淋しかったのではないだろうか。『触るる眼』は、尾を摑ませない多彩で気高い幻惑性がありつつ、心を含む身体の、痛みや哀しみの尾がふと現われるような作品だと思った。(『豆の木』No.28、2024年)
ここで、〈汗もなくアフマドは四歳だつた〉に話題を戻したい。この一句はまさに、岡田一実の言う「痛みや哀しみの尾」、その象徴であったのではないか。
(前略)善行を積んでいれば失せ物がすぐ見つかる、という無邪気な迷信の一方で、どんなに善行を積もうとも報われない、地続きの惨状があることを、私たちは知っている。だからアフマドの句は生まれたのであるが、同時に作り手としては、二〇二三年のガザ以前を見て見ぬふりをしてきた焦燥に苦しみ、自問し続けるべきであるとも思う。創作にひそむ傲慢と自己満足について。自らのことばが惨状を忘れてしまえる安全地帯から発せられるものであることについて。そして、そのあられもない非対称性について。(『現代俳句』2024年6月号、現代俳句協会)
楠本奇蹄自身による「受賞のことば」だ。安全地帯で見て見ぬふりを続けることも出来たのかも知れないが、楠本奇蹄はそれを選ばなかった。自分の俳句として言葉にして残すこと、それと同時に、書き手としての苦しみを引き受け続けることを選択した。アフマドの句がひときわ「直截的」であったのは、同じ世界で起こっている残酷な現実を直視し、目を背けないことへの決意の表出だったのではないだろうか。そしてそれは、楠本奇蹄が楠本奇蹄として、この時代に生き、書き続けるための決意でもあっただろう。
〈振り向くとき小鳥は僕の死ねない眼〉の一句を初めて読んだ時、こんなにも自分を曝け出したくなさそうな「僕」は他にいないだろうと思った。だからこそ、楠本奇蹄の俳句を読むとき、その俳句を作ったのが楠本奇蹄という人物であるという前提を出来るだけ意識から排除しようと思うようになった。ゆえに、この稿の論旨が、楠本奇蹄とその数々の俳句にとって幸せなものであるのかどうかは、果たして分からない。だがそれ以上に、書くことによって誰かへの祈りを捧げんとする楠本奇蹄という書き手を、私は心から信頼したいのだ。
(注)https://gendaihaiku.gr.jp/about/award/newface_award/page-12295/