「ももくさえん」のこと
近 恵
地名の読み方は難しい。ずっと「けいおうももくさえん」だと思っていた「京王百草園」が「けいおうもぐさえん」だと知ったのは、その隣の駅の高幡不動を訪れた折についでに寄った時のことだった。百草園は多摩丘陵の端にある。地図で見る限り駅からさほど遠くはないので楽勝と思っていたのだが、そこには地図では解らなかった急坂が待ち受けていた。心臓破りの坂である。高尾山登山よりもキツイ坂道、いやマジで。息はゼイゼイと荒くなり、何度も立ち止まっては腿をさする。そんな坂道沿いには住宅が結構あり、よくもまあこんな急な坂道の途中に住んでいるものだと妙に感心したりして。やっとこさ辿り着いた百草園はこれもまた斜面を利用した庭が見事な園なのだが江戸時代には松連寺という寺院で、風光明媚な場所として江戸名所図会にも紹介されているらしい。春先には見事な梅が見られそうだったがあの坂を上ることを思うとその後なかなか足が向かなかった。
その数年後、世間がコロナ禍に見舞われている頃、そろそろ梅の季節だが公営の公園は閉園しているし何処かいいところはないかと調べていたら百草園が開いているという。あの坂道さえなんとかなればと地図を見ているうちに、隣の聖蹟桜ヶ丘駅から歩いてゆけばもっとなだらかな坂道で行けるという事に気が付いた。しかも途中には畑があったり林があったりして私好みの散歩道ではないですか。よし、百草園に行こう。かくして私は隣の駅から歩きだす。住宅地の中の細い坂を上ってゆくと、やがて緩やかな傾斜になり、ホルスタイン模様のモグサファームの牛舎で子牛と戯れたり、保全している雑木林の中で思い切り落葉を蹴飛ばしたり、鶯の笹鳴きが聞こえたりと、百草園に着く前から随分とご機嫌な道のりなのである。今度こそ楽勝で到着。梅は咲き始めたばかりだったが蝋梅が満開でいい香りが漂っている。斜面の水仙も見ごろ。そしてなにより人が少なくて快適。上ってゆくと一段と立派な古木の梅の木が目の前に現れる。その梅の木の足元を見ていたら福寿草が一輪。園の人によると午前中にはまだ咲いていなかったというからまさに咲き始めたところに遭遇。おお、眼福。池には薄氷。金縷梅の花も咲き始めたところで、梅林を見るつもりが期待以上に早春を満喫できたのである。その時から京王百草園は私の早春のお気に入りの庭になった。もう読み間違えることはない。
まんさくの花もう縮まない覚悟 恵
近恵 こん・けい 1964年生まれ。青森県出身。2007年俳句を始め「炎環」入会。同人。「豆の木」メンバー。尻子玉俳句会お世話係。現代俳句協会会員、2013年第31回現代俳句新人賞受賞。合同句集炎環叢書『きざし』。