俳句のユネスコ登録の現状と現代俳句協会の立場

後藤 章

 俳句のユネスコ無形文化遺産登録(以下、ユネスコ登録)推進運動は、運動当初からかなりの時間が経過し、状況が変化している。しかし会員へのこの間の報告が不足していたため推進運動に対して誤解が生まれている。ここで現状説明と協会の果たしてきた役割について報告させていただく。

一 全体の構図
 当初はユネスコ登録だけの運動であったが、現在はユネスコ登録の流れと文化庁の無形文化財登録への協力の流れがある。ユネスコ登録は2004年に「ユネスコ無形文化遺産の保護に関する条約」を日本が締結して、06年発効したことに始まり、16年に俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会が発足し現在に至っている。一方文化庁の無形文化財登録制度は21年の文化財保護法改正により出来たもので、これは文化庁が調査を行って随時自己の権限で無形文化財の登録を行うものである。両者は直接的に関係は無いが、現在は文化庁の登録への協力を優先している。

二 運動の主体
 国際俳句協会(略称HIA)は主に文化庁の無形文化財登録に協力し、登録された際必要とされる保持団体となるべく行動している。一方、俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会はユネスコ登録を主体に動いている。両会は別個の業務を担当しているが俳句三協会及び関係自治体から出ている委員は共通である。

三 現在の状況
 現在は文化庁の無形文化財登録に俳句を含めた短詩形文学を登録する調査に協力しており、その中の生活文化部門に登録される方向性と認識している。この登録には俳句の文学としての定義付けは含まれず、多様な俳句の在り方と歴史が記述される模様である。これはユネスコ登録の運用基準にも示された考え方である。

四 「遺産」という言葉に関して
 ユネスコは条約名にあるように「無形文化遺産」という言葉を使用しているが、この言葉に対する反発が多い。これに対して国際俳句協会理事の立場で堀田季何は機関誌HI誌上で「遺産」は誤訳だとして『俳句のような文化財に対しては「heritage」を「伝承」と訳すべきではないだろうか』と述べている。
 加えて「遺産」が誤訳であるエビデンスを提示する。令和4年2月25日付文化審議会無形文化遺産部会決定「⑶各種一覧表作成にあたっての原則」である。ここにユネスコの条約の趣旨を踏まえて「人が体現する以上、無形文化遺産も時代や社会の変化に応じて変化するものとの認識に立っている。」と記してある。つまりユネスコ側も従来の有形物の遺産(遺跡)のイメージとは認識していないのである。この点からむしろ「伝承」が適訳であるといえる。

五 上記経過の中で現代俳句協会が果たしてきた役割
 ユネスコ登録推進運動の当初は、なぜか俳句の定義をしなくてはならないと考えられていて、(公社)俳人協会も(公社)日本伝統俳句協会も有季定型に限定しようとしていた。これに歴代の現代俳句協会長をはじめとして協会出身委員は頑固に抵抗してきた。もしこれまでに協会が運動から離脱していたら、ユネスコ登録が「俳句は有季定型の一行詩」となり、それが正義の御旗になり世界レベルで認められ、国内でも教科書等にそのような規定が書き込まれて、それに沿った教育がされかねない危険性があった。最近この運動から離脱せよとの意見が表明されたが、揺り戻しの危険性は少ないものの皆無とは言えず、現時点での離脱は賢明とはいえない。

六 今後の動き
 文化庁は、俳句や和歌等の無形文化財としての登録を検討するため、和歌、俳句、その他短詩形の「わざ」の伝承、文化的影響、それらの関係性に関する公募調査を決定し、24年8月入札審査を行った。四協会は、受託することになる(官公庁入札資格を持つ)リサーチ会社の調査に資料などの点で協力をしている。よって、現時点では、文化庁での登録が済むまで、ユネスコ登録推進の方は一切進んでいない。しかし来年の春には調査結果が出て、順調に進めば文化財登録に向かう予定である。その後ユネスコ登録の動きとなってゆく見通しである。

七 ユネスコ登録の狙い
 会員にご理解いただきたいのは、なぜユネスコに登録するかという点である。それは世界的認知度が上がるからである。俳句という詩形が持つ力は、文学・芸術的効果のほか、その教育的効果やSDGsや平和志向、また心理学の分野での効果など広く認められている。
 こうした啓蒙運動を広く世界に展開するには資金が必要である。企業等の補助金や援助にユネスコ登録は大きな効果を発揮する。
 最後に、世界的認知の点で付け加えておけば、今日俳句は海外でも書かれているが、それらはますます各国独自の発展へ向かっている。この文学形式が日本発祥である事実を登録によって確認しておくことは、俳句という詩形の正しい流布のためにも大いに有効であると考える。