水仙花
武良竜彦
闇までも明るき敷島初灯
吾が胸の熾火見にくる寒雀
流れ出す遷都の記憶雪達磨
あの白は去年の御霊ぞ野水仙
ことばなき言葉の見取図水仙花
忘却のその先端に軒氷柱
廃線のかなたは根の国帰り花
生きながら死のあるかたち寒椿
廃村の寒梅だけが皓皓と
寒木瓜や涙で薄めし哀の色
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百字鑑賞
武良竜彦「水仙花」鑑賞
津久井紀代
闇までも明るき敷島初灯
敷島は大和国奈良県磯城郡にあたる。敷島に行かれたときの作か。新年を祝って灯明をあげるのである。小さな島の小さな灯し。あたりがあかるく思えるのも「初灯」にある。一方「闇までも明るき」は大和の国を表している言葉でもある。
吾が胸の熾灯見にくる寒雀
熾火はおこしびである。燃え尽きて赤くなったものを指すが、この場合は心の中の問題。つまり心象である。胸の中で疼くもの、いつまでも心の中に滞在するもの、その様子を寒雀がそっと覗きに来るのである。寒雀は親しみのある鳥。声を掛けたくなるのである。
流れ出す遷都の記憶雪達磨
遷都は都を他の場所に移すこと。日本では藤原京、平城京、長岡京、平安京、東京がある。遷都の記憶は来し方の記憶と取るべきものであろう。流れ出すは雪達磨にかかる。そこに工夫があるのか。流れ出す記憶とは作者の記憶なのであろう。
あの白は去年の御霊ぞ野水仙
下田の瓜木碕には三百万本の野水仙の群生が見られる。あたり一面が白い水仙で埋めつくされる。あの白はきっと御先祖さまの御霊に違いない。作者の敬虔な気持ちが捉えた「白」なのだ。
ことばなき言葉の見取図水仙花
繊細な言葉である。言葉の見取図は視覚障害者のための道案内図である。すっくと咲く水仙が象徴的だ。
忘却のその先端に軒氷柱
忘却とは忘れ去ることなり・・という言葉を聞いたことがある。忘却のその先端にある軒氷柱は内から思い出させ、意識させるものの役目を果たしている。
廃線のかなたは根の国帰り花
廃線になっていくものに心をよせている。その思いが根の国を引き出した。帰り花は二度狂い咲きする。帰り花に光を当てている。
生きながら死のあるかたち寒椿
寒椿を描いてこれ以上のものはない。よく寒椿を捉えている。寒椿は落ちてもなお仰向けに輝いている不思議がある。まるであの世の妖精のようだ。
廃村の寒梅だけが皓皓と
廃村である。人も村もだんだんと消えていく。
その中で寒梅だけが皓皓と咲いていのである。一抹の淋しさを感じとることが出来る。廃村にはやはり寒梅があっている。
寒木瓜や涙で薄めし哀の色
殊更寒木瓜にこころを注いでいる。寒木瓜は色の少ない季節に紅色、白色、濃紅色、など鮮やかな花を開く。日光によって花の色が変わるものがある。これは涙で薄れた哀の色だと捉えるナイーブな感性には一目置く。