岡山県(1) 美作(みまさか)
杉 美春
1) 美作落合(現真庭市)
真庭市は岡山県の北中部に位置し、鳥取と境を接する市。北部は中国山地、県境には蒜山高原・津黒高原の高原地帯がある。ぐるりと山に囲まれた、旭川、備中川の合流地点にある。岡山駅から高速バスが開通するようになるまで、帰省には山陽新幹線、JR津山線、JR姫新線を乗り継いでいた。
美作落合は西東三鬼の故郷、津山市から30分ほどかかり、下車する駅は無人駅。西東三鬼賞の初代選考委員を務めた佐藤鬼房も津山線に乗って津山・美作を訪れており、「津山線(岡山)沿ひ」と前書きのある俳句〈艶やかな弓削の春田の烏かな〉、「津山(岡山)にて三句」と前書きのある俳句〈美作の丑三つどきの雷火かな〉(『愛痛きまで』)などを残している。
田んぼに囲まれて、民家が点在するばかりの落合町には、名所らしい名所はないが、昔から荒神様と木山神社、木山寺が心のよりどころとなっている。木山寺の創建は弘仁6年(815年)の初冬、高祖弘法大師が美作の地を訪れた際、木こり姿の翁(実は本尊薬師如来)に導かれて縁を感じ、この地に寺を建立した、とされている。
(木山寺と木山神社:写真提供 木山寺)
2)『ぼっけえ、きょうてえ』~美作の方言~
岡山県出身の作家、岩井志麻子のホラー小説に『ぼっけえ、きょうてえ』があるが、美作の方言では、「ぼっこう、きょうとい」(すごく怖い)とも言う。土居由乃さんがまとめた小冊子『作州地方のことば』には作州(美作の異称)特有の方言が記録されている。いくつか挙げてみる。あんごう(馬鹿)、あやもない(無茶な)、あんぶるこく(おぼれる)、えろうなる(苦しくなる、立派なひとになる)、おぞましい(心のすすまない)、おえん(いけない)、おんびんたれ(小心で気弱な人)、きょうとい(恐ろしい)、しおから(いじわる)、すっぺらこっぺら(ああでもないこうでもない)、とっぱあ(馬鹿)、ちんちろ丸をのむ(死んでしまうこと)など、面白い言葉がいっぱい。
3)江戸時代の女流俳人、作州落合忠女(たゝ女)
岡山俳諧が誕生したのは、寛永年間のこと。京都の松永貞德(元亀二年・1571~1653年)の門下で学び活躍した、備前片上の医師岡本胤及からと言われている。
1700年代に活躍した美作の俳人の中に、生没年も夫の名前も職業も一切不明で、直筆の文字も残っていない女流俳人、たゝ女がいる。当時はかなり名の知れた俳人だったらしく、蕉門舎羅の編んだ『荒小田』に、蕉門十哲など大家の作品の並ぶ中に10句も入集しているという。蕪村編女流句集『玉藻集』に県下でただひとり2句入集しているなど、江戸時代の女流俳人として注目されていたらしい。
春雨や物を縫ひ縫ひ夢を見し (たゝ女)
早稲の香やふもとへ出れば真昼中(たゝ女)
絵をかいてともす雛の行燈かな (たゝ女)
深堀りしてみれば、地方の小さな村にも面白い歴史や文化があるものだ。