俳句/ジャズ
― レナード・ムーアの南部 ―

木村聡雄

 2024年晩秋、ノースカロライナ州文学の殿堂に小説家や詩人とともに俳人が選ばれたというニュースが届いた。ノースカロライナ州は、アメリカがイギリスから独立した時の最初の13州のひとつという歴史ある州である。アメリカ南東部にあって、東側は大西洋に面し、そのほかはバージニア、テネシー、ジョージア、サウス・カロナイナといった南部の州と接している。その俳人とは、俳句や詩などその作品は20以上の言語に翻訳され世界を舞台に活躍中の俳人、レナード・ムーアである。北米最大の「アメリカ俳句協会」(HSA)の元会長だが、黒人初、そして南部出身者初の会長であった。訪日(2009年)の折には私は数日をともにし、郊外へ散策などにも出かけた。その後も今日まで、ほぼ毎月私に俳句や音楽関連の連絡をくれて、私にとって楽しみのひとつである。今回はその俳句を紹介したい。

 レナード・ムーアの俳句は、自然や人(仲間、家族や自身)に加え、音楽抜きには語れないだろう。その音楽は特にこの南部に根ざしたジャズである。ジャズはアメリカ南部の黒人音楽由来であるが、それは新大陸で形成され、ヨーロッパの白人音楽の伝統であるクラシックに並ぶ普遍性を持つと言うことができるだろう。ノースカロライナ州も音楽が盛んで、アメリカ南部にあって多数のジャズ音楽家を輩出している。たとえば、ジョン・コルトレーン(サックス)、セロニアス・モンク(ピアノ)、ニーナ・シモン(ボーカル)ほか、ジャズ以外にも、ロバータ・フラッグ、ベン・E・キングなどの歌手も並ぶ。新しいところではベン・フォールズ(ピアノ、ボーカル)も私の好きなミュージシャンで、現在もこの地を拠点に活動している。これらの中でも黒人女性歌手ニーナ・シモンが「私の恋人は私以外には興味がないの」とコケティッシュに歌いあげる “My Baby Just Cares for Me” は特に私自身のお気に入りの一曲である。(この曲は、元々1930年のミュージカル曲、ニーナ・シモンは1957年に録音である。)こうしたジャズ精神は、この俳人の心にも根づいているのである。

drums thump ドラムの音
pulsing of the heartsong 心の歌を刻む
the opening sky 広大な空
Lenard Moore レナード・ムーア(以下同じ)

 野外ジャズフェスの一場面だろうか。バスドラムのキックの音が鳴り響いている。そのリズムは全身に脈打つ(心臓の鼓動でもある)「心の歌」の律動へと連なって行く。ステージと人々とのグルーブが重なり合う、そのうねりはライブ演奏の醍醐味である。陶酔のミュージシャンと忘我のオーディエンスとが音を通して大空の下で一体となる瞬間を詠んだ句。

jazz and haiku ジャズと俳句
shake loose my skin わが皮膚を揺さぶり
a dusting of pollen 花粉舞う

 この俳人はしばしばジャズメンとともに朗読を行っているが、その時の句とも思われる。ドラムの繊細なリズム、そしてピアノ、ベース、ギターや木管・金管などそれぞれの楽器の調べが重なり響く。それらすべてが俳人の「皮膚」へと伝わり、その皮膚感覚は体の中へ、さらに心の奥まで届く。ここでは「花粉」は春にわれわれを悩ますものではない。(欧米ではスギやヒノキの花粉症は少ないと言われる。)この高揚感をどこまでも運んで行き、やがて彼方で音楽の身を結ぶに違いないと感じられるものであろう。

a magnolia leaf 木蓮の葉
falls between us           われらの間に落ちる
tenor sax                テナーサックス

 「マグノリア」(モクレン科の泰山木)はアメリカ南東部原産で、白い花はルイジアナ州やミシシッピ州の州花である。このまさに南部の象徴であるマグノリアの葉が二人の間に落ちてくるという。もしかすると二人の関係にはいくばくか微妙な溝があったのかもしれない。それでも、南部精神を想起させるこの葉が二人の間を埋めてくれる、と捉えるなら、再び絆を確認する一句と読むこともできるだろう。「テナーサックス」の深い音色もそれを強く感じさせるのである。

 レナード・ムーアの詠む作品はジャズだけには留まらないが、これらの句のように俳句とジャズの融合は彼の生涯の大きなテーマのひとつと言って過言ではないだろう。

(俳句和訳:木村聡雄)
[ “Haiku / Jazz――Lenard Moore, Southern Haiku Poet” Toshio Kimura]