霧の海 

村田珠子

一木一草夏霧の海の中
本閉じる誤訳のような梅雨の月
黙祷に揺らぐ体幹残暑光  
畳這う蟻に原寸大の地図
深い息吐く八月のランドセル
死者生者噴水虹を生むばかり
送盆翅あるものは翅畳み 
月連れて帰る小石が靴の中
乳のみ児の命の匂い明易し
再びの阿修羅に畳む白日傘
秋光に乾くケの靴ハレの靴
こんな夜は太きペン先十三夜
朝露や豊かに訛る牛の声
田のものを田に焼く煙鳥渡る 
貌を出す鬼の子空を知りたがる
身に入むや風神雷神背を見せぬ
月蝕の一部始終を冬木の秀
ジーンズの穴穿く少女白鳥来 
山は雪無音を落とす砂時計
義士の日のサンドイッチの耳を切る
連山は雪足裏から息を吸う
蒼天に咽ひらく鳥雪解風 
靴の紐春を迎えにゆく特急
立春の空山彦の放物線
ロシアンティ芽吹きを急かす鳥の声
青年の影も青年風光る
水羊羹シンクの傍の母の椅子
ももいろになれぬ貝殻霾れり 
逃げ水を追って限界村に入る
かけのぼる炭酸の泡鳥の恋 

 

受賞のことば
続けること

村田 珠子

 受賞の知らせには戸惑うばかりです。本当にありがとうございました。
 「量はいつかふっと質に変わることがあるのです。小朝」
 俳句の奥深さについてゆけずに挫折しそうになった時、たまたま目にしたのが落語家春風亭小朝のこの言葉でした。いつかは「ふっと」質に変わるという言葉を信じて俳句と向き合ってきたように思います。
 「年度作品賞」への応募をはじめたのは十年以上も前になるでしょう。「既発表でよし」とする敷居の低さは私に合っていました。一年間の作品を三十句に絞って応募する作業は、私にとって毎年の楽しいイベントとなり、選考経過に「予選通過者」として名前が載るのが楽しみとなっていました。応募し続けなければ何も起こらなかったでしょう。淡々と応募してきた自分を褒めたいと思います。
 俳句を続けられたのは、句会仲間の熱いエネルギーに惹かれたからです。たった十七文字の日本語に、性別・年齢・職業・俳句のキャリアなどの全く異なる人たちが真摯に向き合い批評し合う、その空間はとても魅力的でした。この空間を共有したくてこれからも俳句を作り続けることでしょう。  
 選を通してあたたかく厳しくご指導くださいました歴代の「麦」会長に深くお礼申し上げます。
 最後になりましたが、本賞選考委員の皆さま、本当にありがとうございました。厚くお礼申し上げます。

プロフィール

村田珠子(むらた・たまこ)

《略歴》
1946年(昭和21年)岩手県生まれ
1994年 「麦」入会(会長・対馬康子)
1997年 「麦」同人
2009年 「麦」作家賞

千葉県鎌ケ谷市在住
mtamako-0523@jcom.home.ne.jp